第13話「絶望の世界へ、再び」
レフィーナは顔を上げた。
「今の……!」
地上から。
また声が聞こえた。
今度は、はっきりと分かる。
子供の声だった。
「行きます!」
「待ちなさいな」
ディートリーゼが呼び止める。
レフィーナは足を止めた。
「ここは、もう帝国の占領地ですの」
いつもの軽い調子ではない。
「何が起きていても、まず周囲を確認なさい。あなたが捕まれば、それで終わりですわよ」
「……はい」
レフィーナは唇を結んだ。
急ぎたい。
けれど。
言われていることも分かる。
ディートリーゼは扇子を開き、先に階段へ向かった。
「行きますわよ」
「はい!」
「ただし、今度こそ勝手に飛び出さないこと」
「はい!」
「……その返事、信用してよろしいんでしょうね」
* * *
地下礼拝堂から続く階段を上る。
古びた扉。
その隙間から、灰色の光が差し込んでいた。
ディートリーゼが先に外を確認する。
人影はない。
小さく手を上げた。
レフィーナも続く。
地上へ出た瞬間。
足が止まった。
「……」
イルファリアだった。
けれど。
イルファリアではなかった。
石畳は割れている。
通りに並んでいた店は、ほとんどが板で塞がれていた。
家々の扉には、黒い焼き印。
王家の旗はない。
代わりに。
黒と赤の帝国旗が、灰色の空の下で重く垂れている。
遠くに見える城壁。
かつて刻まれていた白い王家の紋章は削り取られ。
その上から、ガルギア帝国の紋章が打ち込まれていた。
レフィーナの胸が、締めつけられる。
「ここが……」
声が震えた。
「私の、故郷……」
帰ってきた。
ずっと帰りたかった場所。
なのに。
知っている景色が、どこにもない。
ディートリーゼは何も言わなかった。
慰めの言葉など。
今は、何を言っても軽くなる。
その時。
「捕まえろ!」
通りの向こうから怒鳴り声がした。
「このガキ! また盗みやがったな!」
路地から。
小さな影が飛び出してきた。
十歳にも満たない少年。
痩せた身体。
汚れた服。
靴は片方しか履いていない。
胸には、小さな包みを抱えている。
その中から。
パンと薬草が覗いていた。
後ろから。
三人の帝国兵が追ってくる。
黒い甲冑。
厚い胸当て。
鉄の籠手。
少年は必死に走った。
だが。
「あっ!」
足をもつれさせ、石畳へ倒れる。
パンの包みと薬草が転がった。
「や、やめて……」
少年は這いながら、薬草へ手を伸ばした。
「母さんが、熱を出してて……薬が……」
「知るか」
帝国兵の一人が、少年の襟を掴んだ。
「占領地の民が帝国の物資を盗めば、どうなるか分かってるよな?」
「返します……! だから……!」
「見せしめが必要だ」
兵士が剣へ手を伸ばす。
「やめてください!」
声が響いた。
ディートリーゼが目を閉じる。
「……やはり飛び出しましたわね」
レフィーナは。
もう少年と帝国兵の間に立っていた。
「何だ、お前は?」
兵士たちの視線が。
額のティアラへ向かう。
そして。
腰の剣へ。
「姫騎士……?」
「いや、こんな姫騎士、知らねえ……見習いか?」
「まさか、王族の逃げ残りか?」
兵士たちの表情が変わった。
獲物を見る目。
「こいつは手柄になるぞ」
「その子を放してください」
レフィーナは剣を抜いた。
「おとなしくどけば、お前も痛い目を見ずに済むぞ」
「どきません」
帝国兵が笑った。
「なら、まとめて捕まえるだけだ!」
踏み込む。
剣が振り下ろされた。
レフィーナも前へ出る。
「飛燕剣・初太刀!」
刃が走る。
兵士の剣をかわし。
籠手へ。
ガンッ!
「……!」
弾かれた。
重い衝撃が腕へ返ってくる。
帝国兵が鼻で笑った。
「軽いな」
レフィーナは後ろへ跳ぶ。
もう一人が迫る。
剣を受ける。
押し込まれた。
「くっ……!」
帝国兵の装備は。
これまで戦ったものとは違う。
人を制圧するために作られた。
厚く。
重い武装。
レフィーナは刃を滑らせる。
胸当ての隙間へ。
「飛燕剣・初太刀!」
届く。
だが。
浅い。
そのまま二撃目へ繋ごうとする。
身体を沈める。
もう一歩。
「飛燕剣・弐の――!」
横から。
鉄の籠手をはめた拳が入った。
ガンッ!
剣が弾かれる。
「っ!」
レフィーナがよろめいた。
* * *
少し離れた場所で。
ディートリーゼは動かなかった。
三人。
ただの帝国兵。
その気になれば。
この戦いなど、一瞬で終わらせられる。
少年へ刃が届くより早く。
レフィーナが捕らえられるより早く。
止められる。
だからこそ。
今は。
見なければならない。
――あなたは、言いましたわね。
助けられるから行くのではない。
助けたいから行くのだと。
扇子の向こうで。
ディートリーゼの視線が、レフィーナを追う。
絶対の未来を知った。
自分の光が世界を滅ぼす姿を見た。
それでも。
この方は、目の前の子供を助けるために飛び出した。
ならば。
――見せてくださいまし。
ディートリーゼは、扇子を強く握る。
――あなたが。
――どんな光を選ぶのか。
* * *
「もう終わりか?」
帝国兵が笑う。
「姫騎士様っていうから、どんな化け物かと思ったが」
「ただの小娘じゃねえか」
レフィーナは剣を握り直した。
息が荒い。
腕が痺れている。
少年は後ろで震えていた。
「そのガキを渡せ」
「嫌です」
「なら、お前ごと潰す」
三人の兵士が剣を構える。
レフィーナは少年の前へ立った。
逃げない。
一人目が迫る。
剣を受ける。
「くっ……!」
二人目。
横から来る。
かわす。
三人目が少年へ回り込もうとする。
「させません!」
レフィーナは身体を投げ出すように進路へ入った。
剣が肩をかすめる。
「っ……!」
「レフィーナ!」
思わず。
ディートリーゼの声が飛んだ。
それでも。
まだ動かない。
まだ。
間に合う。
兵士がレフィーナへ迫る。
「そこをどけ!」
「どきません!」
「だったら――!」
剣が振り上げられた。
レフィーナは。
少年の前に立った。
その後ろには。
ディートリーゼもいる。
自分の身体で。
二人をかばうように。
ディートリーゼの目が細くなる。
扇子を閉じかけた。
――ここまでですわね。
次の瞬間には。
時間を止める。
だが。
「……!」
レフィーナの額で。
光のティアラが輝いた。
ディートリーゼの手が止まる。
レフィーナは目を閉じた。
その脳裏に、地下礼拝堂で見た魔法の本がよみがえっていた。
剣へ光を通す。
刃の中を巡る道へ。
自分の光を流す。
今。
必要なのは。
未来で世界を壊していた、黒い力ではない。
誰かを傷つけるための力でもない。
少年を。
目の前にいる人を。
守るための光。
自分を壊すものではない。
自分自身が選ぶ光。
ティアラの光が強くなる。
手にした剣が、それに応えた。
刀身の中央。
細い金色の筋へ。
光が流れ込んでいく。
レフィーナは。
目を開いた。
「開眼!――ルミナス・エンチャントブレード!」
お読み頂き、ありがとうございます。
更新は週2~3回を目安に予定しています。
感想・評価・ブックマークを頂けると、今後の執筆の励みになります。
どうぞ宜しくお願い致します。




