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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第12話「帰郷」

「時空の塔には、いくつかの固定航路がありますの」


 ディートリーゼは、観測室の壁に刻まれた古代文字に手をかざした。


 水晶球には、今のイルファリアが映っている。


 崩れた城壁。


 削り取られた王家の紋章。


 灰色の空。


 そして、掲げられたガルギア帝国の黒い旗。


 レフィーナは、剣の柄を握った。


 胸の奥が痛む。


 絶対だと告げられた未来を見た。


 それでも、まだ何も終わっていないと決めた。


 なら。


 今度は、現実を見なければならない。


「固定航路……ですか?」


「ええ。超古代文明が残した転移経路ですわ」


 ディートリーゼの指先に応じて、壁の古代文字が銀色に光り始める。


 ひとつ。


 またひとつ。


 光は大きな円を描き、その内側に星と歯車の紋様を浮かび上がらせた。


 中央には。


 イルファリア王家の紋章。


「好きな場所へ自由に行けるわけではありませんの」


 ディートリーゼは説明する。


「古い時代に定められた場所と、この塔を繋いでいるだけですわ」


「では、この先は……」


「現在のイルファリア」


 ディートリーゼは、レフィーナを見る。


「過去ではありません。未来でもありません」


 一拍。


「あなたが逃げ延びた後の、今の故郷ですわ」


 レフィーナは、小さく息を吸った。


「行きます」


「……本当に、諦めが悪い方ですわね」


「先生にも、よく言われました」


「ええ。聞き飽きましたわ」


 そう言いながらも、ディートリーゼの声は少しだけ柔らかかった。


 扇子の柄で、魔法陣の中央を叩く。


 カチリ。


 古代文字が回り始めた。


 銀色の光が床へ伸びる。


 その先に、細い道が生まれた。


 周囲は夜のように暗い。


 遠くで、無数の時計の針が星のように流れている。


 レフィーナは思わず足を止めた。


「ここを……歩くんですか?」


「当然ですわ」


 ディートリーゼは先に進む。


「それと」


 振り返った。


「絶対に、わたくしから離れないこと」


「はい」


「道の外へ出るのも禁止ですわ」


「はい」


「勝手に走り出すのも禁止」


「……努力します」


「そこは『はい』と言いなさいな!」


 レフィーナは慌てて頷いた。


「はい!」


「まったく……」


 二人は、銀色の道を進んだ。


 歩いているはずなのに。


 距離の感覚が、おかしい。


 一歩が数歩にも感じられ。


 長く歩いたと思えば、振り返った入口はまだ近くに見える。


 レフィーナは少しふらついた。


「足元だけ見て歩きなさいな」


「はい……」


 ディートリーゼの声を頼りに進む。


 やがて。


 暗闇の先に、淡い白色の光が見えた。


「出口ですわ」


 光が広がる。


 レフィーナは目を細めた。


     * * *


 冷たい石の匂いがした。


 レフィーナが目を開ける。


 薄暗い地下。


 低い天井。


 苔の生えた石壁。


 崩れた柱。


 そして足元には、今通ってきた航路と同じ、星と歯車の古い紋様が残っていた。


 ディートリーゼが周囲を確認する。


「到着ですわ」


「ここが……」


 レフィーナは胸に手を当てた。


 まだ地上ではない。


 王都の姿も見えない。


 それでも。


 懐かしい。


 湿った石の匂い。


 地下を流れる水の音。


 遠い昔。


 姉に手を引かれて、城の礼拝堂を歩いた時の空気に似ていた。


「イルファリア……」


 小さく呟く。


「ここは、レアリーの礼拝堂ですわ」


「レアリー様……」


 光を司る女神。


 レフィーナは周囲を見る。


 奥には、小さな石の祭壇があった。


 その背後の壁には、欠けかけた光の紋章。


 割れた燭台。


 朽ちた長椅子。


 もう長い間、誰も訪れていないのだろう。


 レフィーナは、ゆっくりと祭壇へ近づいた。


 その時。


 額のティアラが、かすかに温かくなる。


「……?」


 祭壇の下から。


 淡い光が漏れた。


 ディートリーゼが目を細める。


「何か反応していますわね」


 レフィーナは膝をついた。


 祭壇の下へ手を伸ばす。


 古い石板に触れた瞬間。


 カタン。


 石の蓋が、わずかに動いた。


「開いた……」


 その奥に。


 一冊の本が収められていた。


 白い革の表紙。


 金色の線で描かれた、光の紋章。


 長い年月を経ているはずなのに、ほとんど傷んでいない。


 レフィーナが、そっと手に取る。


 その瞬間。


 本が淡く輝いた。


「……!」


 ひとりでにページが開く。


 古い文字。


 本来なら、読めるはずのない文字だった。


 けれど。


 文字が光へ変わった。


 その意味が。


 まるで最初から知っていたもののように、レフィーナの胸へ流れ込んでくる。


 剣へ、光を通す。


 刃の中を巡る道へ。


 ティアラから生まれた光を流し。


 武器そのものを、守るための力へ変える。


「ルミナス……」


 レフィーナは呟いた。


「エンチャントブレード……」


 ディートリーゼが、本を覗き込む。


「読めますの?」


「読める、というより……」


 レフィーナは、自分の剣を見る。


 白銀の刀身。


 中央を走る、細い金色の筋。


「分かるんです。光を、どこへ通せばいいのか」


「なるほど」


 ディートリーゼは目を細めた。


「ティアラと剣の間に、最初から存在している光の経路を利用する術式ですわね」


「私にも、使えるでしょうか」


「すぐに使えるほど簡単ではありませんわよ」


「そう、ですよね……」


「ですが」


 扇子が開く。


「あなたは、諦めの悪さだけは一級品ですもの」


 レフィーナが顔を上げた。


「必要な時には、案外届くかもしれませんわね」


「ありがとうございます」


「褒めてはいませんわ」


「でも、少し励ましてくれました」


「しておりませんわ!」


 ディートリーゼが、ぷいと顔を背ける。


 レフィーナは小さく笑った。


 そして。


 魔法の本を、もう一度見下ろす。


 守るための光。


 未来で見た、世界を壊す黒い力とは違う。


 自分が選ぶための光。


 その意味を。


 レフィーナはまだ、知らなかった。


 その時だった。


 地上の方から、鈍い音がした。


 金属のぶつかる音。


 誰かの怒鳴り声。


 そして。


 小さな悲鳴が響いた。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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