↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

58/76

第11話「未来を拒む者」

「私が止めます」


 レフィーナは、まっすぐディートリーゼを見ていた。


 声はまだ震えている。


 涙の跡も残っている。


 それでも、その言葉だけは揺らがなかった。


 ディートリーゼは、しばらく何も言わなかった。


 未来を変える。


 そんな言葉なら、何度も聞いてきた。


 自分自身も、何度そう願ったか分からない。


 けれど。


 願うだけでは、未来は変わらなかった。


 分岐を探した。


 原因を探した。


 何度も未来を観測した。


 それでも。


 最後には、同じ場所へ辿り着いた。


「……言うのは簡単ですわ」


 ようやく、ディートリーゼが口を開いた。


 レフィーナは頷く。


「はい」


「分かっていますの?」


「簡単じゃないと思います」


「でしたら――」


「でも」


 レフィーナは、自分の胸に手を当てた。


「まだ何も終わっていません」


 ディートリーゼの瞳が揺れる。


「未来は、もう見たでしょう?」


「はい」


「世界は滅びていましたわ」


「はい」


「あなたの姿をした大魔王が、世界を壊していましたわ」


「はい」


 レフィーナは、ひとつひとつ受け止めるように答えた。


 逃げない。


 否定もしない。


「でも」


 顔を上げる。


「私は、まだあの未来になっていません」


 観測室の水晶の光が、淡く揺れる。


「お姉様も、まだ助けていません」


 一歩。


「さっき見た姫騎士様たちも、まだ消えていません」


 もう一歩。


「だから」


 レフィーナは言った。


「私は、まだ進めます」


 ディートリーゼは、扇子を握る手に力を込めた。


「あなたは、本当に……」


 小さく息を吐く。


「諦めが悪い方ですわね」


 レフィーナは、少しだけ笑った。


「先生にも、よく言われました」


「でしょうね」


 ディートリーゼは呆れたように答える。


 けれど。


 その声には、ほんの少しだけ柔らかさが混じっていた。


     * * *


 水晶球の奥に。


 再び、五つの灯火が浮かび上がった。


 赤。


 青。


 緑。


 橙。


 白。


 その中で。


 赤い光が、弱々しく揺れている。


 レフィーナは近づいた。


「炎の姫騎士様が、一番弱っています」


「ええ」


 ディートリーゼも灯火を見る。


 その目は、ただ心配しているだけではなかった。


 何かを探すように。


 確かめるように。


 五つの光を見ている。


 だが。


 レフィーナは尋ねなかった。


 今は。


 それよりも。


「助けに行きましょう」


「まだ決めませんわ」


 即答だった。


 レフィーナが振り返る。


「どうしてですか?」


「あなたは、たった今あの未来を見たばかりですの」


 ディートリーゼの声が少し厳しくなる。


「自分が何になるのかも分からない。それでも、すぐ次へ行こうとする。それがどれだけ危ういことか、分かっていますの?」


 レフィーナは黙った。


「姫騎士たちを助ければ、未来が変わるとは限りませんわ」


 ディートリーゼは続ける。


「むしろ、あなたが動くことで、あの未来へ近づく可能性だってありますの」


 赤い灯火が、また小さく揺れた。


 レフィーナは、それを見つめる。


「それでも」


 静かに言った。


「助けられるか分からないから行かない、とは言いたくありません」


 ディートリーゼが目を細める。


「あなたは、未来を変えたいのでしょう?」


「はい」


「でしたら、なおさら慎重になるべきですわ」


「そうだと思います」


「では――」


「でも」


 レフィーナは、首を横に振った。


「助けられるから行く、じゃありません」


 ディートリーゼが言葉を止める。


 レフィーナは、赤い灯火を見る。


 消えそうで。


 それでも、まだ燃えている光。


「私が助けたいかどうか、なんです」


 それは。


 未来を変えるための作戦ではなかった。


 正しい道を選ぶための理論でもない。


 目の前に。


 助けを求めている人がいる。


 ならば。


 見なかったことにはしたくない。


 ただ、それだけだった。


「その考え方は」


 ディートリーゼが静かに言う。


「いつか、あなたを壊しますわよ」


「そうかもしれません」


「否定しませんの?」


「はい」


 レフィーナは少し困ったように笑った。


「先生にも言われました」


「また先生ですの?」


「はい」


 レフィーナは、少し懐かしそうに目を細める。


「優しいだけでは守れないって」


 ディートリーゼは黙って聞いている。


「でも」


 レフィーナは続けた。


「優しさを捨てた強さにも、意味はないって」


 観測室に、時計の音が響く。


 カチ。


 カチ。


 カチ――。


 ディートリーゼは目を伏せた。


 優しさ。


 そんなものが、自分にも残っているのだろうか。


 レフィーナを殺せなかったこと。


 マークを助けたこと。


 食事を断りきれなかったこと。


 それは。


 優しさなのか。


 ただの弱さなのか。


「……本当に」


 ディートリーゼが呟く。


「面倒な方ですわね、あなたは」


「すみません」


「そこで謝るところではありませんわ!」


 レフィーナが少し驚く。


 ディートリーゼは扇子を開き、顔を隠した。


「まったく……調子が狂いますわ」


     * * *


「姫騎士たちを助ける話は」


 しばらくして、ディートリーゼが言った。


「まだ決めませんわ」


 レフィーナは少し残念そうな顔をする。


「ですが」


 扇子が閉じる。


「あなたが現実を見て、それでも同じことを言えるか」


 ディートリーゼは観測室の壁へ向かった。


「まずは、それを確かめますの」


「現実……ですか?」


「ええ」


 壁には、大きな時計盤が埋め込まれていた。


 複雑な古代文字。


 何重にも重なった針。


 そして、その中央。


 薄く消えかけた紋章。


 レフィーナの目が見開かれる。


「……!」


 知っている。


 見間違えるはずがない。


 イルファリア王家の紋章だった。


「イルファリア……」


「ええ」


 ディートリーゼは時計盤に手をかざした。


「あなたの故郷ですわ」


 針が。


 ゆっくりと逆向きに動き始める。


 カチ。


 カチ、カチ――。


「お姉様は……」


 レフィーナが息を呑む。


「お姉様が、そこに?」


「分かりませんわ」


 ディートリーゼは首を振った。


「あなたの姉がどこにいるのか。帝国が何をしているのか。わたくしにも、すべては分かりませんの」


 時計盤の光が強くなる。


「ですが」


 ディートリーゼは、レフィーナを見る。


「未来ではなく」


 一拍。


「今のイルファリアを見なさいな」


 レフィーナの胸が締めつけられた。


 故郷。


 ずっと帰りたかった場所。


 同時に。


 見るのが怖かった場所。


 城は。


 町は。


 人々は。


 もう、自分の知っていたイルファリアではないかもしれない。


 帝国の旗が掲げられているかもしれない。


 傷ついた人がいるかもしれない。


 知ってしまえば。


 もう、知らなかった頃には戻れない。


 それでも。


「行きます」


 レフィーナは言った。


 声は少し震えていた。


 けれど。


 確かだった。


「私は、見ます」


 剣の柄へ手を置く。


「今のイルファリアを」


 ディートリーゼは、しばらくレフィーナを見ていた。


 やがて。


 ほんのわずかに頷く。


「そう言うと思いましたわ」


 時計盤が、強い光を放つ。


 その向こうに。


 荒れ果てた街の景色が、ゆっくりと浮かび始めた。


 崩れた城壁。


 削り取られた王家の紋章。


 そして。


 風に揺れる、ガルギア帝国の黒い旗。


 レフィーナは、その光景から目を逸らさなかった。


 未来ではなく。


 今。


 目の前にあるものを、確かめるために。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

感想・評価・ブックマークを頂けると、今後の執筆の励みになります。

どうぞ宜しくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。