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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第9話「滅びの未来」

 螺旋階段は、上へ続いていた。


 レフィーナは、ディートリーゼの後を追って歩く。


 同じ方向へ上っているはずなのに、不思議な階段だった。


 一歩進むたび、足元の段がわずかに左右へずれる。


 壁に並ぶ時計盤も、まともには動いていない。


 逆回りするもの。


 針が止まったままのもの。


 何本もの針が重なり、震えるように動いているもの。


 カチ。


 カチ、カチ――。


 音だけが、塔の奥へ重なって響いていた。


 レフィーナは手すりに触れながら、慎重に階段を上る。


 その時。


 横の窓に、青い海が映った。


「……?」


 塔へ来る前に見た、西の海だった。


 静かな波。


 遠くに浮かぶ雲。


 けれど、瞬きをした次の瞬間。


 景色が変わった。


 真っ白な雪原。


 吹き荒れる雪。


 その向こうに、氷に覆われた砦が見える。


「今のは……」


 さらに景色が揺れる。


 今度は。


 燃える街だった。


 黒煙。


 赤い炎。


 崩れる建物。


 レフィーナは思わず足を止めた。


「ディートリーゼさん」


「気にしないことですわ」


 ディートリーゼは振り返らない。


「塔は、過去と未来、そして並行世界――いくつもの可能性の欠片を映しますの」


「可能性の欠片……」


「起こったこと。起こるかもしれないこと。起こらなかったこと」


 ディートリーゼは淡々と言う。


「いちいち覗いていたら、頭がいくつあっても足りませんわ」


 レフィーナは、再び窓を見る。


 もう燃える街はない。


 星のような光が、静かに流れているだけだった。


「ディートリーゼさんは……」


 少し迷ってから尋ねる。


「ずっと、見ていたんですか?」


 前を歩く足が、ほんの少しだけ遅くなった。


「必要でしたから」


 それだけだった。


 レフィーナは、それ以上聞かなかった。


 ただ。


 前を歩く少女の背中を見る。


 薄汚れた黒いローブ。


 少し乱れた、淡い紫の髪。


 いつもの高飛車な口調で、立派な扇子を開き、振り回しながら大きな声で笑う。


 けれど。


 その背中は小さかった。


 この広い塔で。


 誰にも頼らず。


 どれだけの未来を見てきたのだろう。


     * * *


 最上階には、見覚えのある白い扉があった。


 レフィーナがこの塔で最初にくぐった、あの扉だった。


 ディートリーゼが扇子を閉じる。


 そっと扉に触れた。


 カチ。


 小さな音。


 白い扉が、ゆっくり開いた。


 中は。


 静かだった。


 広い円形の部屋。


 レフィーナは改めて見渡した。


 壁には無数の時計盤が並んでいる。


 天井には、星空のように水晶が浮かんでいた。


 そして部屋の中央。


 ひときわ大きな、球形の水晶。


 その中で。


 いくつもの光景が、重なっていた。


 燃える王都。


 氷に閉ざされた砦。


 黒い炎に包まれた森。


 砂へ沈む城。


 白銀の尖塔。


 そして。


 黒い空。


 レフィーナは、その場に立ち尽くした。


「ここが……」


「時空の塔の観測室ですわ」


 ディートリーゼは、水晶球へ近づく。


「わたくしが、未来を見ていた場所ですの」


 レフィーナは巨大な水晶を見る。


 光景が。


 現れては消える。


 生まれては崩れる。


 どれが本当なのか。


 どれが違うのか。


 まるで分からない。


「未来は……」


 ディートリーゼが呟いた。


 いつもの高飛車な声ではなかった。


「すべてが、ひとつに決まっているわけではありませんわ」


 レフィーナは、ディートリーゼを見る。


「けれど」


 ディートリーゼは、水晶球へ手を伸ばした。


「何度見ても」


 指先が触れる。


「同じ場所へ辿り着く未来もありますの」


 紫色の光が。


 水晶の中から広がった。


「私に……関係があるんですか?」


 ディートリーゼは振り返る。


 疲れを宿した目。


「ありますわ」


 一拍。


「だから」


 ディートリーゼは言った。


「あなたは、ここへ来るべきではありませんでしたの」


 次の瞬間。


 水晶球の光が、観測室全体を包んだ。


     * * *


「……!」


 足元の床が消えた。


 レフィーナは咄嗟に身を固くする。


 落ちる。


 そう思った。


 けれど。


 身体は落ちなかった。


 気づけば。


 レフィーナとディートリーゼは、空の上に立っていた。


 いや。


 立っているのではない。


 どこにもいない。


 ただ。


 未来の光景だけが、目の前に広がっている。


 黒く染まった空。


 割れた大地。


 崩れた城壁。


 燃え尽きた街。


 川は黒く濁り。


 森は枯れ果てていた。


 遠くに。


 巨大な樹が見える。


 レフィーナは息を止めた。


「世界樹……」


 そう呼ぶには。


 あまりにも痛々しい姿だった。


 枝は枯れ。


 幹は黒くひび割れている。


 根元から。


 赤黒い闇が、染み出していた。


 枝の先に。


 無数の小さな光がぶら下がっている。


 星のような光。


 命のような光。


 けれど。


 一つ。


 また一つ。


 黒く染まっていく。


 そして。


 落ちる。


 赤黒い闇の中へ。


「……っ」


 声が聞こえた。


 助けを求める声。


 泣き声。


 誰かの名前を呼ぶ声。


 地上を、人々が逃げている。


 空から降り注ぐ黒い光が。


 街を。


 森を。


 川を。


 次々に呑み込んでいく。


「ひどい……」


 レフィーナの声が震えた。


「これが……未来……?」


 ディートリーゼは答えなかった。


 その横顔は。


 もう何度も、この光景を見た者の顔だった。


 水晶が、さらに奥を映した。


 黒い光。


 世界を覆う闇。


 その中心に。


 一人の少女が立っている。


 長い金色の髪。


 白銀の装具。


 額には。


 ティアラ。


 けれど。


 そこに、レフィーナの知る光はなかった。


 輝きは完全に失われ。


 黒く。


 深く濁っている。


 ティアラから溢れるものも。


 もう光ではない。


 底の見えない闇を含んだ。


 黒い力。


 少女が。


 ゆっくりと顔を上げる。


「……」


 レフィーナの心臓が、大きく鳴った。


 見覚えがある。


 金色の髪。


 顔立ち。


 瞳。


 頬。


 その少女は。


 泣いていた。


 涙が、頬を伝っている。


 助けを求めるように。


 苦しんでいるように。


 泣いている。


 それなのに。


 口元だけが。


 ゆっくりと。


 笑った。


 レフィーナの背筋を、冷たいものが走った。


 自分の笑い方ではない。


 その奥で。


 別の何かが笑っている。


 少女の身体を使って。


 少女の顔を使って。


 泣いている本人を無視して。


 世界を見下ろしている。


 レフィーナは。


 声を失った。


 目を逸らすこともできない。


 未来の少女と。


 目が合った。


「……私?」


 その顔は。


 紛れもなく。


 レフィーナ自身だった。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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