第8話「時を繋ぐ剣」
残された二体の人形兵が、同時に動いた。
左右から迫る石の剣。
レフィーナは剣を握り直す。
先ほど開眼したばかりの技。
飛燕剣・弐の太刀。
一度はできた。
けれど、それだけでは自分の剣とは言えない。
「右、三拍遅らせますわ!」
ディートリーゼの声が飛ぶ。
「左からお行きなさいな!」
「はい!」
白い杖が振られる。
「クロックディビエーション!」
右側の人形兵を、紫色の輪が包んだ。
踏み込む足。
振り上げた腕。
振り下ろされる剣。
すべての動きが、わずかにずれる。
レフィーナは迷わず左へ踏み込んだ。
人形兵の剣を紙一重でかわす。
胸部の紫水晶。
狙う場所は分かっている。
「飛燕剣・初太刀!」
剣先が石の装甲の隙間へ滑り込む。
水晶にひびが走った。
すぐに紫の光が脈打つ。
傷が戻り始める。
さっきと同じだ。
でも。
今度は、分かっている。
レフィーナは剣を引き切らない。
一撃目の反動を、次の踏み込みへ変える。
腰をひねる。
足を踏み替える。
開いた傷が閉じる、その前に。
「飛燕剣――弐の太刀!」
二撃目が走った。
キィン――!
紫の水晶が砕ける。
人形兵の身体が硬直した。
石の腕が落ちる。
そのまま全身が崩れ、床へ散らばった。
「できた……!」
今度は偶然ではない。
自分の意思で。
自分の足で。
初太刀から、弐の太刀へ繋いだ。
「余所見をしている場合ではありませんわ!」
ディートリーゼの声。
遅らされていた最後の一体が動き出す。
石の剣が振り下ろされた。
レフィーナは横へ跳ぶ。
だが。
「っ……!」
着地した瞬間、膝に痛みが走った。
さっきディートリーゼに打たれた場所。
足から力が抜ける。
レフィーナは片膝をついた。
最後の人形兵が、剣を振り上げる。
間に合わない。
「レフィーナ!」
ディートリーゼが杖を突き出した。
「止まりなさい!」
紫の光が弾ける。
人形兵の剣が。
止まった。
完全な時間停止ではない。
わずか、一拍。
石の腕は、すぐに動き出そうとしている。
だが。
その一拍があれば。
「十分です!」
レフィーナは床を蹴った。
人形兵の懐へ飛び込む。
「飛燕斬!」
剣閃が胸部の装甲を斜めに走った。
石が弾ける。
紫の水晶が露出する。
人形兵の時間が再び動き始めた。
剣が迫る。
レフィーナは止まらない。
「飛燕剣・弐の太刀!」
二撃目。
露出した水晶へ、刃が届く。
紫の光が強く明滅した。
巻き戻ろうとする。
それより早く。
剣が中心を貫いた。
パァン――!
水晶が砕け散る。
最後の人形兵が、その場で崩れ落ちた。
警報音が止んだ。
赤く明滅していた水晶が、ゆっくりと青白い光へ戻っていく。
壁の歯車も止まった。
廊下に。
ようやく静けさが戻った。
* * *
「はぁ……はぁ……」
レフィーナは、その場に膝をついた。
剣を握る手が震えている。
肩も痛い。
膝も痛い。
息も苦しい。
けれど。
剣は離さなかった。
「無茶をしすぎですわ」
ディートリーゼが近づいてくる。
白い杖が縮み、扇子へ戻った。
その扇子で。
こつん。
レフィーナの額を軽く叩く。
「あいたっ」
「当然ですわ」
「すみません」
「謝れば済むと思っていますの?」
「思っていません」
「でしたら、もっと申し訳なさそうになさいな」
「ごめんなさい」
「……素直すぎて、怒りにくいですわね」
ディートリーゼは、大きくため息をついた。
それから床に散らばった紫色の水晶片を拾う。
しばらく眺めてから、ぽつりと言った。
「ですが」
レフィーナが顔を上げる。
「今の技は、悪くありませんでしたわ」
「飛燕剣・弐の太刀……」
自分でその名を口にする。
初太刀とは違う。
一撃で届くための剣ではない。
一度届いた場所から。
さらに、その先へ繋ぐ剣。
ディートリーゼは、水晶片を指先で転がした。
「一撃目で核に傷をつけ、時間が巻き戻る前に、二撃目で砕く。随分と乱暴な理屈ですわ」
「乱暴、ですか?」
「ええ。とても」
ディートリーゼは扇子を開く。
「けれど、あなたらしいですわ」
レフィーナが瞬きをする。
「一度で駄目なら、もう一度……戻されても、また踏み込む」
扇子の向こうで、その瞳が少しだけ細くなった。
「本当に、諦めが悪い方ですこと」
レフィーナは、少しだけ笑う。
「先生にも、よく言われました」
「ですわよね」
ディートリーゼは呆れたように言った。
けれど、その声は以前より柔らかかった。
* * *
その時。
崩れた人形兵の向こうで、壁の水晶が静かに光った。
「……?」
レフィーナが振り返る。
青白い光が、一本の線となって壁を走る。
止まっていた歯車が、ゆっくりと回転を始めた。
カチ。
カチ、カチ――。
「防衛機構が停止したことで、中枢記録の一部が復旧したようですわね」
ディートリーゼが水晶へ近づく。
光が空中へ広がった。
大きな水晶球のような映像が形成される。
その中に。
六つの光が浮かび上がった。
一つは、すぐ近くにある金色。
レフィーナのティアラと呼応するように輝いている。
そして。
残る五つ。
赤。
青。
緑。
黄土。
白。
遠く離れた場所で。
弱く。
それでも確かに、灯っていた。
レフィーナは息を呑む。
「これは……」
「ティアラの反応ですわ」
ディートリーゼの表情から、先ほどまでの軽さが消える。
「ティアラ……」
レフィーナは五つの光を見つめた。
「ほかの姫騎士様たち……ですか?」
「ええ」
ディートリーゼは静かに答える。
「炎」
赤。
「水」
青。
「風」
緑。
「大地」
黄土。
「そして、聖」
白。
「本来なら、それぞれの国を守っているはずの姫騎士たちですわ」
レフィーナは言葉を失った。
五つの光。
どれも弱い。
まるで、遠くから助けを求めるように揺れている。
その中でも。
赤い灯火が、大きく揺らいだ。
一度。
二度。
そして、急激に弱くなる。
今にも消えてしまいそうだった。
「炎の灯火が……」
ディートリーゼの目が鋭くなる。
「弱りすぎていますわね」
レフィーナは、水晶球へ一歩近づいた。
「助けに行けませんか?」
ディートリーゼは答えなかった。
赤い灯火を見る。
青。
緑。
黄土。
白。
五つの可能性。
だが。
その前に、確かめなければならない。
目の前にいる、この少女自身のことを。
ディートリーゼは静かに扇子を閉じた。
「その前に」
レフィーナが振り返る。
「あなたに、見せるべきものがありますわ」
「見せるべきもの……?」
ディートリーゼは、疲れた目でレフィーナを見た。
「あなたが、なぜここに来るべきではなかったのか」
一拍。
「それを知ってから、考えなさいな」
水晶の奥で、五つの灯火が明滅している。
赤い光は。
消えそうになりながらも、まだ燃えていた。
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