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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第7話「飛燕剣・弐の太刀」

 一体目の人形兵が、剣を振り下ろした。


 レフィーナは反射的に剣を抜く。


 ガキンッ!


 白い廊下に、激しい金属音が響いた。


「くっ……!」


 重い。


 訓練用の剣とも、海魔の触腕とも違う。


 石と魔力で作られた腕から放たれる一撃は、見た目以上の重量を持っていた。


 レフィーナは剣を斜めに傾け、攻撃を横へ流す。


 そのまま踏み込んだ。


「はっ!」


 人形兵の肩口へ斬り込む。


 石の装甲が砕けた。


 破片が宙へ飛ぶ。


 ――そのはずだった。


「……え?」


 砕けた石片が、空中で止まった。


 一瞬の静止。


 そして。


 破片が逆向きに飛んでいく。


 割れた肩へ吸い寄せられ、ぴたりと元の位置へ戻った。


 傷が消える。


 人形兵の肩は、何事もなかったように復元されていた。


「戻った……!」


「時間の核ですわ!」


 ディートリーゼの声が飛ぶ。


「胸部の水晶をご覧なさいな!あれを破壊しない限り、受けた損傷そのものを巻き戻しますの!」


 人形兵の胸。


 厚い石の装甲に守られた中央で、紫色の水晶が脈打っている。


 レフィーナは低く構えた。


 胸部の水晶。


 届くべき場所。


 ランドルフの声が、胸の奥によみがえる。


 剣は、敵を倒すためだけのものではない。


 届くべき場所へ、届かせるもの。


 レフィーナは地面を蹴った。


「飛燕剣・初太刀!」


 低く。


 速く。


 人形兵が突き出した腕の下へ潜り込む。


 剣先が、石の装甲の隙間を抜けた。


 紫の水晶へ届く。


 キィン!


 水晶に、一本のひびが走った。


「届いた!」


 だが。


 砕ける寸前。


 紫の光が強く脈打った。


 レフィーナの剣が、一拍だけ遅くなる。


「……!」


 ひびが、逆向きに閉じていく。


 一瞬で。


 水晶は元の姿へ戻った。


「そんな……!」


「一撃では足りませんの!」


 ディートリーゼが扇子を閉じる。


 カチリ。


 白い杖へ変わった。


 先端の砂時計の中で、紫の砂が逆向きに流れる。


「でしたら、戻る時間を与えなければよろしいですわ!」


 杖を振る。


 紫色の輪が、人形兵の身体を包んだ。


「クロックディビエーション!」


 人形兵の動きがずれた。


 振り上げた剣。


 踏み込む足。


 床へ落ちかけていた石片。


 すべてが、わずかに遅れる。


「三拍ですわ!」


 ディートリーゼが叫ぶ。


「今ですの!」


「はい!」


 レフィーナが踏み込む。


 一歩。


 二歩。


 胸部の水晶へ――。


 だが。


 横から風を切る音がした。


「!」


 二体目。


 別の人形兵が、ディートリーゼへ剣を振り上げていた。


「ディートリーゼさん!」


 レフィーナは咄嗟に進路を変えた。


 水晶へ届きかけていた剣を引く。


 ディートリーゼの前へ飛び込む。


 ガァンッ!


 人形兵の剣を受け止めた。


「くっ……!」


 両腕が痺れる。


 足が石床を滑った。


 ディートリーゼの目が大きく見開かれる。


「何をしていますの!」


「……!」


「わたくしを守る必要などありませんわ!今は核を――」


「あります!」


 レフィーナは歯を食いしばった。


 人形兵の剣を押し返す。


「一緒に戦っているんですから!」


「……!」


 ディートリーゼの声が止まった。


 一緒に。


 その言葉だけが、不自然なほどはっきり耳に残った。


 誰かと共に戦う。


 そんな言葉を、自分に向けられたのはいつ以来だっただろう。


「ディートリーゼさん!」


 レフィーナの声で我に返る。


 人形兵が、さらに力を込める。


「……仕方ありませんわね!」


 ディートリーゼは杖を握り直した。


「右の一体を二拍遅らせますわ!左から片づけなさいな!」


「はい!」


 紫の光が走る。


 レフィーナを押していた人形兵の動きが鈍った。


 レフィーナは剣を滑らせ、攻撃を横へ逸らす。


 そのまま左へ。


 最初の人形兵へ向かう。


「飛燕剣・初太刀!」


 剣先が走る。


 胸部の水晶。


 ひびが入る。


 だが。


 また、紫の光が脈打った。


 傷が戻り始める。


「……間に合わない!」


 一撃では、足りない。


 初太刀は届いた。


 確かに届いている。


 なのに。


 届いた場所から先へ進めない。


 その瞬間。


 レフィーナの脳裏に、先ほどの戦いがよみがえった。


 ディートリーゼに時間をずらされた時。


 一度目の足は止められた。


 一度目の剣は届かなかった。


 何度踏み込んでも、相手の方が先にいた。


 でも。


 一度で届かないなら。


 そこで終わらせなければいい。


 初太刀で作った傷。


 そこへ。


 もう一度。


 同じ場所へ戻るのではない。


 届いた場所から、その先へ。


 レフィーナは剣を引かなかった。


 水晶にひびを入れた刃を、そのまま縁へ滑らせる。


 石の胸当てに当たった反動を腕で殺さず、足元へ流す。


 右足を踏み込む。


 身体を低く沈める。


 飛ぶ燕は、一度だけ羽ばたくのではない。


 風を受ける。


 軌道を変える。


 そして、もう一度。


 レフィーナの光のティアラが、淡く輝いた。


 剣の中央を走る金色の筋に、小さな光が宿る。


「開眼!――」


 戻り始めていた水晶のひび。


 閉じる前に。


 もう一歩。


 もう一太刀。


「飛燕剣――」


 レフィーナは身体を反転させた。


 一撃目の勢いを、そのまま二撃目へ繋ぐ。


「弐の太刀!」


 剣閃が、軌道を変えた。


 初太刀で開いたわずかな隙間。


 そこへ二撃目が滑り込む。


 紫の水晶が巻き戻るよりも早く。


 レフィーナの刃が、その中心を貫いた。


 キィィン――。


 澄んだ音が響いた。


 一瞬。


 人形兵の身体が静止する。


 紫の水晶に、無数の亀裂が走った。


 そして。


 砕け散った。


 今度は。


 戻らない。


 石の腕が落ちる。


 膝が崩れる。


 人形兵は、その場で音を立てて崩れ落ちた。


 レフィーナは荒い息を吐く。


「……やりました」


 初太刀では届かなかった。


 だから。


 届いたところから、もう一度踏み込んだ。


 新しい感覚が、まだ両腕に残っている。


 だが。


「喜ぶのは早いですわ!」


 ディートリーゼが叫んだ。


 レフィーナが顔を上げる。


 ガシャン。


 ガシャン。


 残された二体の人形兵が、同時に剣を構えた。


 胸部の紫水晶が、強く明滅する。


 レフィーナは、新たに掴んだ感覚を確かめるように、剣を握り直した。


 開眼したばかりの二撃目が、本当に自分の剣になったのか。


 それを確かめる戦いは、もう始まっていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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