第7話「飛燕剣・弐の太刀」
一体目の人形兵が、剣を振り下ろした。
レフィーナは反射的に剣を抜く。
ガキンッ!
白い廊下に、激しい金属音が響いた。
「くっ……!」
重い。
訓練用の剣とも、海魔の触腕とも違う。
石と魔力で作られた腕から放たれる一撃は、見た目以上の重量を持っていた。
レフィーナは剣を斜めに傾け、攻撃を横へ流す。
そのまま踏み込んだ。
「はっ!」
人形兵の肩口へ斬り込む。
石の装甲が砕けた。
破片が宙へ飛ぶ。
――そのはずだった。
「……え?」
砕けた石片が、空中で止まった。
一瞬の静止。
そして。
破片が逆向きに飛んでいく。
割れた肩へ吸い寄せられ、ぴたりと元の位置へ戻った。
傷が消える。
人形兵の肩は、何事もなかったように復元されていた。
「戻った……!」
「時間の核ですわ!」
ディートリーゼの声が飛ぶ。
「胸部の水晶をご覧なさいな!あれを破壊しない限り、受けた損傷そのものを巻き戻しますの!」
人形兵の胸。
厚い石の装甲に守られた中央で、紫色の水晶が脈打っている。
レフィーナは低く構えた。
胸部の水晶。
届くべき場所。
ランドルフの声が、胸の奥によみがえる。
剣は、敵を倒すためだけのものではない。
届くべき場所へ、届かせるもの。
レフィーナは地面を蹴った。
「飛燕剣・初太刀!」
低く。
速く。
人形兵が突き出した腕の下へ潜り込む。
剣先が、石の装甲の隙間を抜けた。
紫の水晶へ届く。
キィン!
水晶に、一本のひびが走った。
「届いた!」
だが。
砕ける寸前。
紫の光が強く脈打った。
レフィーナの剣が、一拍だけ遅くなる。
「……!」
ひびが、逆向きに閉じていく。
一瞬で。
水晶は元の姿へ戻った。
「そんな……!」
「一撃では足りませんの!」
ディートリーゼが扇子を閉じる。
カチリ。
白い杖へ変わった。
先端の砂時計の中で、紫の砂が逆向きに流れる。
「でしたら、戻る時間を与えなければよろしいですわ!」
杖を振る。
紫色の輪が、人形兵の身体を包んだ。
「クロックディビエーション!」
人形兵の動きがずれた。
振り上げた剣。
踏み込む足。
床へ落ちかけていた石片。
すべてが、わずかに遅れる。
「三拍ですわ!」
ディートリーゼが叫ぶ。
「今ですの!」
「はい!」
レフィーナが踏み込む。
一歩。
二歩。
胸部の水晶へ――。
だが。
横から風を切る音がした。
「!」
二体目。
別の人形兵が、ディートリーゼへ剣を振り上げていた。
「ディートリーゼさん!」
レフィーナは咄嗟に進路を変えた。
水晶へ届きかけていた剣を引く。
ディートリーゼの前へ飛び込む。
ガァンッ!
人形兵の剣を受け止めた。
「くっ……!」
両腕が痺れる。
足が石床を滑った。
ディートリーゼの目が大きく見開かれる。
「何をしていますの!」
「……!」
「わたくしを守る必要などありませんわ!今は核を――」
「あります!」
レフィーナは歯を食いしばった。
人形兵の剣を押し返す。
「一緒に戦っているんですから!」
「……!」
ディートリーゼの声が止まった。
一緒に。
その言葉だけが、不自然なほどはっきり耳に残った。
誰かと共に戦う。
そんな言葉を、自分に向けられたのはいつ以来だっただろう。
「ディートリーゼさん!」
レフィーナの声で我に返る。
人形兵が、さらに力を込める。
「……仕方ありませんわね!」
ディートリーゼは杖を握り直した。
「右の一体を二拍遅らせますわ!左から片づけなさいな!」
「はい!」
紫の光が走る。
レフィーナを押していた人形兵の動きが鈍った。
レフィーナは剣を滑らせ、攻撃を横へ逸らす。
そのまま左へ。
最初の人形兵へ向かう。
「飛燕剣・初太刀!」
剣先が走る。
胸部の水晶。
ひびが入る。
だが。
また、紫の光が脈打った。
傷が戻り始める。
「……間に合わない!」
一撃では、足りない。
初太刀は届いた。
確かに届いている。
なのに。
届いた場所から先へ進めない。
その瞬間。
レフィーナの脳裏に、先ほどの戦いがよみがえった。
ディートリーゼに時間をずらされた時。
一度目の足は止められた。
一度目の剣は届かなかった。
何度踏み込んでも、相手の方が先にいた。
でも。
一度で届かないなら。
そこで終わらせなければいい。
初太刀で作った傷。
そこへ。
もう一度。
同じ場所へ戻るのではない。
届いた場所から、その先へ。
レフィーナは剣を引かなかった。
水晶にひびを入れた刃を、そのまま縁へ滑らせる。
石の胸当てに当たった反動を腕で殺さず、足元へ流す。
右足を踏み込む。
身体を低く沈める。
飛ぶ燕は、一度だけ羽ばたくのではない。
風を受ける。
軌道を変える。
そして、もう一度。
レフィーナの光のティアラが、淡く輝いた。
剣の中央を走る金色の筋に、小さな光が宿る。
「開眼!――」
戻り始めていた水晶のひび。
閉じる前に。
もう一歩。
もう一太刀。
「飛燕剣――」
レフィーナは身体を反転させた。
一撃目の勢いを、そのまま二撃目へ繋ぐ。
「弐の太刀!」
剣閃が、軌道を変えた。
初太刀で開いたわずかな隙間。
そこへ二撃目が滑り込む。
紫の水晶が巻き戻るよりも早く。
レフィーナの刃が、その中心を貫いた。
キィィン――。
澄んだ音が響いた。
一瞬。
人形兵の身体が静止する。
紫の水晶に、無数の亀裂が走った。
そして。
砕け散った。
今度は。
戻らない。
石の腕が落ちる。
膝が崩れる。
人形兵は、その場で音を立てて崩れ落ちた。
レフィーナは荒い息を吐く。
「……やりました」
初太刀では届かなかった。
だから。
届いたところから、もう一度踏み込んだ。
新しい感覚が、まだ両腕に残っている。
だが。
「喜ぶのは早いですわ!」
ディートリーゼが叫んだ。
レフィーナが顔を上げる。
ガシャン。
ガシャン。
残された二体の人形兵が、同時に剣を構えた。
胸部の紫水晶が、強く明滅する。
レフィーナは、新たに掴んだ感覚を確かめるように、剣を握り直した。
開眼したばかりの二撃目が、本当に自分の剣になったのか。
それを確かめる戦いは、もう始まっていた。
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