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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第6話「今日は二人です」

 塔の片隅に、小さな調理場があった。


 石造りのかまど。


 古い鍋。


 保存食の入った棚。


 中には、乾燥野菜、豆、硬いパン、それから何種類かの香草が残っている。


 ポートハーベンのように新鮮な魚はない。


 ランドルフの小屋のように、森で採れた木の実や野菜もない。


 それでも、温かいスープくらいなら作れそうだった。


 レフィーナは袖をまくった。


「火を起こしますね」


「強すぎますわ」


 少し離れた場所で見ていたディートリーゼが、すぐに口を出した。


「そのかまどは古いのですの。強く燃やすと、下の歯車室まで熱が伝わりますわよ」


「そうなんですか?」


「そうですわ。ですから、火はこのくらいに――」


 ディートリーゼは言いながら近づき、薪を少しずらした。


 空気の入り口を狭める。


 燃え上がっていた炎が、すぐに穏やかになった。


 慣れた手つきだった。


 レフィーナは目を瞬かせる。


「詳しいんですね」


 ディートリーゼの手が止まった。


「……昔、少しだけ習いましたの」


「誰にですか?」


「余計なことを聞かないでくださいまし」


「すみません」


 レフィーナは、それ以上聞かなかった。


 鍋に水を注ぐ。


 乾燥野菜を入れる。


 豆を少し。


 香草を少し。


 硬いパンは薄く切り、火のそばで炙った。


 豪華な食事ではない。


 それでも、塔の冷たい空気の中では、鍋から立ち上る湯気だけで少し温かく感じられた。


 やがて、調理場に香草と豆の匂いが広がる。


 レフィーナは小さな食卓に、二つの器を並べた。


「どうぞ」


 ディートリーゼは、その器をじっと見つめた。


「わたくしは、一人でも問題ありませんわ」


「はい」


 レフィーナは頷く。


 それから、自然に続けた。


「でも、今日は二人です」


 ディートリーゼが顔を上げた。


 何か言い返そうとした。


 けれど、言葉が出てこない。


 しばらくして、黙って椅子に座った。


 スプーンを手に取る。


 一口。


 温かなスープを口に運ぶ。


 ディートリーゼの瞳が、ほんの少しだけ見開かれた。


 レフィーナは、気づかないふりをした。


「おいしいですか?」


「……普通ですわ」


「よかったです!」


「褒めてはおりませんわ」


 ディートリーゼは扇子で口元を隠す。


 けれど、二口目を飲むまでの間は短かった。


 レフィーナもスープを口にする。


 温かい。


 肩に残っていた痛みまで、少しだけ和らいだ気がした。


 しばらく、二人は黙って食べた。


 塔の奥から、時計の音だけが聞こえてくる。


 カチ。


 カチ。


 カチ――。


 ディートリーゼは、器を見下ろしたまま口を開いた。


「あなたは、変な方ですわね」


「そうですか?」


「ええ」


 スプーンが止まる。


「さっきまで、わたくしに打たれていたのに」


 レフィーナは、自分の肩に触れた。


「痛かったです」


「でしょうね」


「でも、手加減してくれました」


 ディートリーゼの瞳が、わずかに揺れる。


「急所を避けただけですわ」


「それを、手加減と言うのだと思います」


「……本当に、調子が狂いますわ」


 ディートリーゼはそう言って、残りのスープを飲んだ。


     * * *


 食事を終え、二人は研究室へ戻った。


 改めて見ると、やはりすごい散らかり方だった。


 古文書。


 水晶片。


 紙束。


 歯車。


 食器。


 使いかけの布。


 羽根ペン。


 床には、古びた羊皮紙まで落ちている。


 レフィーナは、それを拾おうと手を伸ばした。


「触れてはなりませんわ!」


 鋭い声が飛んだ。


 レフィーナは、すぐに手を引く。


「ご、ごめんなさい!」


 ディートリーゼは、自分でも少し言いすぎたと思ったのか、目を逸らした。


「……古い記録ですの。順番を変えられると、困るだけですわ」


「分かりました」


 レフィーナは素直に頷いた。


 けれど、視線はそのままディートリーゼへ向いていた。


「ディートリーゼさん」


「今度は何ですの」


「眠っていませんよね」


「時を扱う者に、睡眠など必要ありませんわ」


「必要です」


 レフィーナは、きっぱり言った。


 ディートリーゼが少し驚いたようにレフィーナを見る。


「眠らないと、悲しいことばかり考えてしまいます」


 レフィーナは、静かに続けた。


 自分にも覚えがあった。


 イルファリアから逃げた夜。


 姉を失ったと思っていた頃。


 ランドルフの小屋で、眠れずに天井を見つめていた夜。


 目を閉じれば、炎と黒煙がよみがえった。


 眠らないまま考え続けると、心はどんどん暗い場所へ沈んでいく。


 ディートリーゼは返事をしなかった。


 扇子で口元を隠す。


「……あなたは、何も知りませんわ」


「はい。何も知りません」


 レフィーナは頷いた。


「でも、誰かが困っていることは分かります」


 ディートリーゼの指が、扇子の縁で止まる。


「困っているように見える者すべてを助けていたら、あなたはいつか壊れますわよ」


 レフィーナは少し考えた。


「それでも」


 ディートリーゼを見る。


「見なかったことにはしたくありません」


 ディートリーゼの瞳が揺れた。


 未来で見た少女。


 黒く濁ったティアラ。


 泣きながら笑うレフィーナ。


 そして今、目の前にいる少女。


 どうしても、二つが繋がらない。


 その時だった。


 レフィーナの額で、光のティアラがかすかに温かくなる。


「……?」


 研究室の奥。


 暗い棚の向こうで、何かが淡く光った。


 古い水晶だった。


「今、何か……」


「触れては駄目ですわよ」


「はい」


 レフィーナは頷いた。


 近づくつもりはない。


 ただ、棚の奥は暗かった。


 何があるのか確かめようと、ほんの少しだけティアラへ意識を向ける。


 淡い金色の光が、額からこぼれた。


 その光が。


 壁の奥に埋め込まれた水晶へ触れた。


 ギィィィン――!


 突然。


 塔全体に、鈍い警報音が響き渡った。


「えっ!?」


 壁の歯車が、一斉に逆回転を始める。


 空中に浮かんでいた水晶が、赤く明滅する。


 ディートリーゼの顔色が変わった。


「消して!その光を消しなさいな!」


「えっ?」


「早く!」


 レフィーナは慌ててティアラの光を抑えた。


 金色の光が消える。


 だが。


 遅かった。


 廊下の奥で。


 ガラ……。


 何かが動いた。


 ガラガラガラ――。


 石が砕ける音。


 レフィーナとディートリーゼは、同時に廊下へ顔を向けた。


 そこには、いくつもの崩れた鎧があった。


 折れた剣。


 石の腕。


 割れた仮面。


 長い年月の中で壊れ、床へ散らばっていたはずの破片。


 その一つ一つが、ゆっくりと宙へ浮かび上がる。


「これは……」


 レフィーナが息を呑む。


 石片が戻る。


 折れた剣が繋がる。


 割れた仮面が元の形へ戻っていく。


 まるで。


 壊れた時間そのものを、逆向きに辿っているように。


 一体。


 二体。


 三体。


 古代の人形兵が、白い廊下に立った。


 胸部には、紫色の水晶。


 仮面の奥に、赤い光が灯る。


 無機質な声が響いた。


「未登録光源、確認」


 人形兵たちが、一斉に剣を構える。


「塔内侵入者、排除」


 レフィーナは剣へ手を伸ばした。


「私のせいです……!」


 ディートリーゼは扇子を鋭く構える。


「謝っている場合ではありませんわ!」


 次の瞬間。


 三体の人形兵が、同時に動いた。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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