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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第3章 時空の塔の姫騎士

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第1話「時を止める少女」

 マークが目を開けた時、そこは船の上ではなかった。


 白い石でできた部屋だった。


 壁も、床も、天井も、見たことのないほど滑らかな石でできている。


 部屋の隅には古い寝台が一つ。


 小さな机と椅子。水差し。窓らしきものもある。


 けれど、窓の向こうに海はなかった。


 空もなかった。


 星のような光が、ゆっくりと横へ流れている。


「……どこだ、ここ」


 マークは跳ね起きた。


 さっきまで、確かにレフィーナと一緒にいた。


 時空の塔の中に入った。


 床の下で巨大な歯車が動いた。


 世界がずれた。


 レフィーナの姿が遠くなった。


 声は聞こえていたのに、手は届かなかった。


「レフィーナ!」


 マークは扉へ駆け寄った。


 取っ手を掴む。


 開かない。


「おい!誰かいないのか!」


 何度も叩いた。


 拳の音だけが、白い部屋に虚しく響く。


 その時、壁に埋め込まれていた小さな水晶が、淡く光った。


 マークは身構える。


 水晶から、少女の声が響いた。


『騒がないでくださいまし』


「誰だ!」


『あなたは時空の乱流に巻き込まれかけていましたの。塔の外へ出れば、海へ戻るどころか、昨日と明日の狭間で迷子になりますわよ』


 落ち着いた声だった。


 けれど、どこか疲れている。


 そして、妙に上品だった。


 マークは扉を睨む。


「レフィーナはどこだ!一緒に来た女の子だ!金髪で、ティアラをつけてて――」


『知っていますわ』


 声は、短く答えた。


『あなたと一緒に来た姫騎士に、話がありますの』


「話?」


『あなたはここでお待ちくださいな』


 マークは扉を強く叩いた。


「待てよ!あいつに何をする気だ!」


 沈黙。


 水晶の光が、一度だけ弱くなった。


 それから、声が少し低くなる。


『……彼女次第ですわ』


「おい!」


 マークが叫ぶ。


 けれど、水晶の光は消えた。


 部屋は再び静かになる。


 遠くで、鐘のような音が鳴っていた。


 一度。


 二度。


 三度。


 マークは歯を食いしばり、扉に額を押し当てた。


「レフィーナ……」


 届かないと分かっていても、声がこぼれる。


「無茶するなよ」


     * * *


 白い廊下に、レフィーナの足音だけが響いていた。


 遠くで、鐘の音が鳴っている。


 一度。


 二度。


 三度。


 そのたびに、壁に刻まれた銀色の紋様が淡く光り、すぐに消えた。


 マークの姿はない。


 さっきまで隣にいたはずだった。


 塔の床の下で巨大な歯車が動いた瞬間、世界がずれて、声も手も届かなくなった。


 どこへ行ったのかは分からない。


 けれど、レフィーナは足を止めなかった。


 光のティアラがかすかに温かい。


 警告しているのか。


 導いているのか。


 まだ、分からない。


 廊下の先には、大きな扉があった。


 銀色の光を漏らす、白い扉。


 その向こうに、誰かがいる。


 なぜか、そう分かった。


 レフィーナは剣の柄へ手を置いた。


 怖い。


 知らない塔。


 届かない声。


 見えない道。


 けれど、ここで立ち止まれば、何も分からないままだ。


「私は……確かめに来ました」


 誰に言うでもなく、そう呟く。


 レフィーナは、一歩を踏み出した。


 白い扉へ手を伸ばす。


 指先が触れた瞬間、扉の表面に刻まれた時計の紋様が静かに回り始めた。


 カチ、カチ、カチ――。


 音が、廊下の奥へ広がっていく。


 そして、扉が音もなく開いた。


     * * *


 扉の向こうは、広い円形の部屋だった。


 天井は見えない。


 代わりに、頭上には無数の星が流れている。


 床は白い石でできていた。


 その下では、巨大な歯車のようなものが、ゆっくりと回っている。


 壁一面には、砂時計と時計盤を組み合わせた紋様が刻まれていた。


 大小さまざまな水晶が空中に浮かび、淡い銀色の光を放ちながら、静かに軌道を描いている。


 部屋の中央には、大きな水晶球があった。


 そして、その奥に。


 一人の少女が立っていた。


 薄汚れた黒いローブ。


 銀に近い淡い紫の髪。


 髪は縦ロールに巻かれている。


 本来なら優雅に整えられていたのだろう。けれど今は、ところどころ乱れていた。


 その目の下には、濃い疲労の影がある。


 手には、場違いなほど立派な扇子。


 少女は、レフィーナを見ていた。


 ずっと前から、レフィーナがここへ来ることを知っていたかのように。


「あなたが……」


 レフィーナが口を開きかける。


 その瞬間。


 時計の音が止まった。


 カチ――。


 最後の一音だけが、途中で切れる。


 空中に浮かんでいた水晶が、動きを止めた。


 流れていた星が、頭上で静止する。


 レフィーナの髪が、肩の横で揺れたまま固まった。


 剣の柄へ伸びかけた指も、途中で止まる。


 白い光の粒が、空中に散ったまま動かない。


 世界から、時間だけが抜き取られたようだった。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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どうぞ宜しくお願い致します。

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