第18話「信頼の刃」
ミッドベルン中部。
ファルスヴェール大草原。
見渡す限り、草原だった。
遠くには、白い塔を持つ王城が見える。
風は冷たく、空は高い。
その広い平原に、ミッドベルン軍は整然と並んでいた。
中央にはセリア。
右にジャン。
左には、ラーフェン。
帝国軍は、現れない。
兵の列も。
怪物の群れも。
魔導砲もない。
ただ。
平原の向こうに、一人の女が立っていた。
黒い鎧。
黒い外套。
地面へ突き立てた大剣。
暗黒の姫騎士。
「……一人か」
ジャンが、低く言う。
「罠です」
「分かっている」
セリアは答えた。
だが、その目は揺れない。
「だからこそ、私が行く」
「姫様!」
「軍を動かすな」
セリアは、大剣を抜く。
「正々堂々、一騎打ちだ!」
白銀の鎧が、平原を駆ける。
暗黒の姫騎士も、大剣を引き抜いた。
白と黒が、中央でぶつかる。
轟音。
衝撃が、草原を揺らした。
黒い魔力が、大地を裂く。
「ダーク・エンチャントブレード!」
白い聖気が、それを押し返す。
暗黒の姫騎士の剣は重い。
受けるだけで、腕が痺れる。
けれど、セリアは退かない。
「セイクリッド・エンチャントブレード!」
白い光が、大剣を包む。
次の瞬間。
刃の周囲に、炎が走った。
さらに、氷の粒が舞う。
風が、セリアの足を押し出す。
雷が、剣身を走る。
全属性。
聖の根源から引き出される、万能の力。
暗黒の姫騎士が、初めて一歩退いた。
「聖王剣・十文字斬!」
白い斬撃が、二つ重なる。
黒い外套が裂ける。
暗黒の姫騎士は、大剣で受けた。
だが、足元の土が深く沈む。
暗黒の姫騎士は、押し返す。
「ダーク・リヴェリオン!」
闇の力が襲い掛かる。
セリアは迎撃する。
「聖王剣・ホワイトファング!」
白い光が、牙のように連続して突き出される。
一撃目で闇の力を払い、二撃目で攻撃。
暗黒の姫騎士は避ける。
けれど、逃げ道を風が塞ぎ、氷が足元を縛る。
雷が、黒い鎧を打つ。
平原の端で見ていた兵士たちが、息を呑む。
「押してる……!」
「セリア様が、暗黒の姫騎士を……!」
暗黒の姫騎士が大剣を上段に構え、黒い力を集結させる。
大地が軋む。
だが。
セリアもそれを受け止めるべく、大剣を上段に構える。
「私は、一人で戦っているんじゃない」
白い光が、強くなる。
後方の兵たち。
傷ついた兵。
城壁を守った者。
自分を信じて立った者。
そのすべての意思が、胸の奥へ集まる。
「――ゴッド・ジャッジメント!」
空が白く染まった。
平原を覆うほどの聖光が、大剣へ落ちる。
セリアの一撃が、暗黒の姫騎士を弾き飛ばした。
黒い鎧が砕ける。
暗黒の姫騎士の身体が、地面へ叩きつけられた。
白い光が、平原の中央に残る。
ミッドベルン軍から、歓声が上がった。
「勝った!」
「セリア様が勝った!」
ジャンも、思わず剣を握りしめる。
だが。
次の瞬間だった。
背後から。
ドン、と鈍い衝撃が走った。
「がはっ……!?」
セリアの身体が、大きく揺れる。
白銀の鎧の背が裂ける。
激しい痛みが、背中から胸へ突き抜けた。
彼女は、ゆっくりと振り返る。
「……ラーフェン?」
そこにいた。
ラーフェンの身体が。
けれど、その目は。
人間のものではなかった。
赤く濁り。
瞳孔は細く裂け。
口元からは、獣のような息が漏れている。
その手にした長剣が、セリアの鎧を貫いていた。
「ラーフェン……」
セリアは、大剣を振れなかった。
目の前にいるのは、敵ではない。
命を救った部下。
自分を支え続けた騎士。
ラーフェンの姿をしていた。
長剣が引き抜かれる。
セリアの膝が折れた。
「姫様!」
ジャンが駆け出そうとする。
だが、平原の地面から黒い鎖が伸びた。
「シャドウ・バインド」
ジャンの足を絡め取り、動きを止める。
「離せ!」
ジャンが剣を振るう。
だが、黒い鎖は切れない。
倒れていたはずの暗黒の姫騎士が、ゆっくりと立ち上がった。
「……惜しかったな、セリア」
声は、いつも通り冷たい。
「お前は強い」
暗黒の姫騎士は、傷ついた鎧を押さえながら歩いてくる。
「だから、正面から倒すことはできなかった」
セリアは、膝をついたまま大剣を握る。
「ラーフェンに……何をした」
「我が身を囮とする危険な策だった」
暗黒の姫騎士は言った。
「だが、ぎりぎりで勝てたか」
仮面の奥から、セリアを見下ろす。
「最強のお前を倒すには、お前が最も信頼した部下の肉体を使うしかなかった」
セリアの指が震える。
「脳は、ゴブリン系エボルモンスターのものへ置き換えた」
暗黒の姫騎士は、淡々と続けた。
「ラーフェンという人間の判断も、記憶も、命令系統も消した」
「……っ」
「残ったのは、使える肉体だけだ」
セリアは、ラーフェンを見た。
彼は、獣のように唸っている。
けれど。
ほんの一瞬だけ。
その目が揺れたように見えた。
暗黒の姫騎士は、セリアの額へ手を伸ばす。
「聖のティアラは、こちらで預かる」
「やめろ……!」
セリアが、手を伸ばす。
だが、黒い鎖が腕を絡め取る。
ティアラが外された。
白い光が、平原へ弾ける。
セリアの身体から、力が抜ける。
その瞬間。
「ガ、ガァァァァーーーッ!!」
ラーフェンが、吠えた。
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