第17話「白銀の光、黒い影」
「このまま侵食が進めば、肉体も魔力も変質する。やがて自我を失い、エボルモンスター化が始まります」
ラーフェンは、寝台の上で目を閉じていた。
苦しそうに息を吐く。
だが、意識はまだある。
「俺は……」
ラーフェンが、掠れた声を絞り出す。
「このまま化け物になるくらいなら……」
「黙れ」
セリアの声がした。
医務室の扉が開く。
白銀の鎧をまとったまま、セリアが入ってきた。
「姫様」
ジャンが振り返る。
「俺が……俺が止めます。もしラーフェンが戻れなくなったら」
「お前も黙れ」
セリアは、真っ直ぐに寝台へ向かった。
「ラーフェンは私の部下だ」
彼女は、ラーフェンの手を掴んだ。
「勝手に終わらせるな」
「ですが……姫様」
「助ける」
セリアは言った。
「私が助ける」
額のティアラが、白く光る。
医師たちが、息を呑んだ。
「姫様、それは危険です! 芽の侵食は、浄化する側へも反発を――」
「下がっていろ」
セリアは、ラーフェンの胸へ手をかざす。
「――ホーリーヒール」
白い光が、寝台を包んだ。
ラーフェンの身体が、大きく跳ねる。
「ぐっ……!」
黒い筋が、光に焼かれるように揺れた。
だが、消えない。
むしろ、追い詰められた何かのように、ラーフェンの腕から黒い侵食枝を伸ばした。
黒い枝は、鞭のようにセリアへ向かう。
「姫様!」
ジャンが叫ぶ。
「うろたえるな!この程度、何でもない!!」
黒い侵食枝が手から腕に上って来ても、セリアは動かなかった。
「セラフィックガード!」
白い壁が、黒い侵食枝の侵攻を止めた。
侵食枝が純白の壁へぶつかり、弾かれる。
白と黒の攻防に、火花が散る。
医務室の窓が震えた。
ラーフェンの喉から、獣のような声が漏れる。
「離れて……ください……!」
「離れん」
セリアは答えた。
「私は、お前を置いていかん」
再び、光が強くなる。
「ホーリーヒール!」
白い光が、黒い脈動へ食い込む。
ラーフェンの身体から伸びていた侵食枝が、一本。
また一本。
光の中で崩れ、灰のように消えていく。
だが、最後の一本が消えるまで。
セリアは、止まらなかった。
光は、医務室の壁を越えた。
夜の王城を白く照らした。
兵士たちは、廊下で息を殺していた。
やがて。
黒い筋が、ラーフェンの胸から消えた。
寝台の上に残ったのは、汗に濡れた一人の騎士だけだった。
セリアの身体が、ゆっくりと傾く。
「姫様!」
ジャンが駆け寄る。
セリアは、ラーフェンの手を離さないまま、膝をついた。
「……成功した」
小さく呟く。
そして、そのまま意識を失った。
* * *
数日後。
朝の光が、医務室へ差し込んでいた。
寝台の上で目を覚ましたセリアは、最初にラーフェンの姿を探した。
窓際に、彼は立っていた。
顔色はまだ少し青い。
けれど、自分の足で立っている。
セリアが目を開けたことに気づくと、ラーフェンは深く頭を下げた。
「セリア様……申し訳ありません」
「謝るな」
セリアは、まだ少し掠れた声で言った。
「お前は私の部下だ」
「ですが、私は」
「助けられた」
セリアは、短く続ける。
「なら、次は誰かを助けろ」
ラーフェンは、顔を上げられなかった。
その目に、涙が浮かんでいる。
少し離れた場所で。
ジャンは二人を見つめながら、静かに目を閉じた。
* * *
それから。
ミッドベルン軍は、連戦連勝を重ねた。
鬱蒼とした森林では、セリアの白い光が黒い獣を退けた。
険しい鉱山では、落盤寸前の坑道を《セラフィックガード》で支え、閉じ込められた鉱夫たちを救い出した。
波飛沫の上がる港町では、帝国の魔導砲を大剣で叩き割り、船を守った。
セリアが前へ出る。
ラーフェンが、その背を支える。
ジャンが、兵たちの足を止めない。
帝国の前線部隊は、次々に壊滅した。
かつて瘴気核の芽に侵されたラーフェンも、以前より強く剣を振るっていた。
戦いの後。
彼は、誰もいない見張り台で自分の手を見つめる。
あの手は、一度。
怪物へ変わりかけた。
それでも、セリアは離さなかった。
「セリア様のおかげだ」
ラーフェンは、小さく呟く。
「俺は絶対に、セリア様を守る」
その言葉を。
暗闇の向こうで、誰かが聞いていた。
次の瞬間、見張り台の床へ、黒い影が音もなく広がった。
* * *
帝国大戦艦。
司令室に、報告が響く。
「ミッドベルン軍に潜伏させていた工作員たちが、全員寝返りました!」
将校の声には、恐怖があった。
「潜入経路も、隠れ家も、すべてミッドベルン側へ渡ったものと」
暗黒の姫騎士は、ゆっくりと目を閉じた。
そして。
初めて、舌打ちをした。
「……やはり、あの女には正攻法では勝てん」
その横で、ギャリー将軍が一歩前へ出る。
「例の研究が完成しました」
暗黒の姫騎士は、顔を上げた。
「前回の実験の甲斐があったな」
「御意……」
ギャリーの口元が、わずかに歪む。
「ラーフェンは?」
「回収後、処置済みです。持ち場に戻り、肉体は正常に活動中。外見上で異常を見抜く事は、まず出来ないでしょう。ですが、思考と判断を司るものは――すでに別物です」
「これで下準備は整ったな」
暗黒の姫騎士は、窓の外に広がる黒い海を見た。
「命がけの賭けになる」
「ですが、成功すれば」
「成功させる」
仮面の奥で。
冷たい笑みが浮かんだ。
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