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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第2章 旅立つ光

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第16話「瘴気核の芽」

 夜。


 シルバーウォールの兵士たちは、焚き火の周りで小さく語り合っていた。


「やっぱり、親善試合の優勝者は違うな」


「決勝で風の姫騎士と戦った時も、ああだったらしい」


「エレゼリア様の竜巻を、大剣で割ったとか」


「炎のリーザ様を倒した時も、最後まで一歩も引かなかったって話だ」


 セリアは、その声を少し離れた場所で聞いていた。


 昔の話だ。


 姫騎士親善試合。


 各国の姫騎士が集まり、剣と技を競った祭典。


 リーザの炎。


 イレーネの氷。


 エレゼリアの風。


 誰もが強かった。


 最後の決勝で、エレゼリアの風が会場を覆った時。


 自分は、何度も吹き飛ばされそうになった。


 それでも最後に立っていたのは、自分だった。


 勝った時。


 歓声より先に、エレゼリアが笑って言った。


『やるじゃん、セリア!』


 リーザは不満そうに腕を組み。


 イレーネは短く拍手をしていた。


 あの時は。


 世界がこんなふうに壊れるとは、誰も思っていなかった。


「姫様」


 ラーフェンの声に、セリアは顔を上げた。


「どうした」


「王城より、帝国工作員に関する報告が届いています」


「またか」


「はい。潜入していた者の一部が、自ら名乗り出ております」


 セリアは、少しだけ笑った。


「言っただろう」


「ですが」


 ラーフェンは、真面目な顔を崩さない。


「敵が何かを企んでいることに変わりはありません」


「分かっている」


 セリアは焚き火の向こうを見る。


「だからこそ、皆で守る」


 ラーフェンとジャンへ視線を向ける。


「ラーフェン。ジャン」


「はっ」


「お前たちがいれば、百人力だ」


 二人は一瞬だけ黙った。


 ラーフェンは、深く頭を下げた。


「身に余るお言葉です」


 ジャンは、少しだけ笑う。


「百人分、働けってことですね」


「そういうことだ」


 セリアは言った。


「頼んだぞ」


     * * *


 帝国大戦艦の司令室。


 壁一面の戦略地図には、赤い光がいくつも浮かんでいた。


 シルバーウォール。


 ミッドベルン王城。


 鉱山地帯。


 港町。


 帝国軍の進路は、そこへ向けて伸びている。


 だが、予定より遅かった。


「先遣隊、壊滅」


 帝国将校が、震える声で報告する。


「潜入させた工作員も、相次いで連絡を絶っています」


 黒い外套の女は、何も言わなかった。


 仮面の奥から、地図を見ている。


 暗黒の姫騎士。


「捕虜になった者の一部は、ミッドベルン軍へ寝返ったとの情報も」


「……そうか」


 短い声だった。


「セリアのいない別の場所の兵士たちも、異常な強さを引き出している」


 その声に、怒りはなかった。


 だが、冷たさがあった。


「セリアのカリスマには、正攻法では勝てん」


 暗黒の姫騎士は、地図の上へ指を置く。


 セリア。


 その傍に、二つの駒がある。


 ラーフェン。


 ジャン。


「奴が最も信頼する者を使え」


 将校たちが、息を呑む。


 暗黒の姫騎士は、背後へ目を向けた。


 そこには、軍装の上へ白衣を重ねた男が立っている。


 帝国研究部門を率いる、ギャリー将軍。


「ギャリー将軍。例の研究成果はどうだ」


 男は、慎重に答えた。


「瘴気核の芽による侵食と、制御魔導機による誘導は成功しています」


「だが、完全な置換にはまだ届かないか」


「はい。ですが、もう少しで実用段階に入れます」


 暗黒の姫騎士は、再び地図を見た。


「ならば急げ」


 その声は、静かだった。


「段階的に実験を開始する」


     * * *


 数日後。


 ミッドベルン王城、軍議室。


 壁には、大陸地図と軍旗が並んでいる。


 机の上には、帝国軍の配置を示す駒。


 セリアは、その中央に立っていた。


「帝国は、正面からぶつかることを避け始めた」


「鉱山地帯では撤退を装い、港町では民の避難を妨害しています」


 ラーフェンが報告する。


「こちらの兵力を、各地へ分散させる狙いでしょう」


「その通りだ」


 セリアは頷く。


「奴らは、私一人を倒せば終わると思っている」


「違うんですか?」


 ジャンが、わざと軽く尋ねる。


 セリアは、少しだけ眉を寄せた。


「違う」


 それから、二人を見る。


「私が倒れても、お前たちがいる。兵がいる。民がいる」


 軍議室にいた者たちの表情が、変わる。


「ミッドベルンは、一人の姫騎士だけで立っている国ではない」


 セリアは地図を叩いた。


「だから、勝つ」


「はい」


 ラーフェンが答える。


「姫様の剣が届かぬ場所は、我らが埋めます」


「頼もしいな」


 セリアは、短く笑った。


 ジャンが、その横で頷く。


「じゃあ、俺たちは姫様が無茶をしないよう止める係ですね」


「それは難しい任務だな」


「自覚はあるんですね」


「ある」


 少しだけ、軍議室に笑いが起きた。


 けれど、その夜。


 笑いは消えた。


     * * *


 深夜の哨戒任務から戻ったラーフェンは、城門の内側で足を止めた。


 顔が赤い。


 息が荒い。


 鎧の下で、何かが脈打っている。


「ラーフェン?」


 ジャンが近づく。


「どうした」


「何でも……ない」


 ラーフェンの声は掠れていた。


 だが、その直後。


 彼は膝をついた。


 鎧の隙間から、黒い靄が漏れ出す。


「おい!」


 ジャンが肩を支える。


 ラーフェンの腕へ、赤黒い筋が走っていた。


 皮膚の下を、何かが這っている。


「医務室へ運べ!」


 ジャンの声が、夜の城門へ響いた。


     * * *


 医務室には、薬草と血の匂いが満ちていた。


 医師たちは、ラーフェンの鎧を外し、腕と胸に走る黒い筋を見つめている。


 黒い脈動は、肩から胸へ広がり始めていた。


「瘴気核の芽です」


 年配の医師が、重い声で言った。


「エボルモンスターに、芽を植え付けられています」


 ジャンの拳が震える。


「治せるのか」


「通常の治癒魔法では不可能です」


 医師は首を横に振った。


「このまま侵食が進めば、肉体も魔力も変質する。やがて自我を失い、エボルモンスター化が始まります」

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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