第14話「光の継承」
祭壇を離れようとした時だった。
「レフィーナ」
ランドルフが、背中へ声をかけた。
「お主の母君も、ここに立った」
レフィーナは振り返る。
「母様が……?」
「そうじゃ」
ランドルフは、祭壇を見つめていた。
「あの方も、わしのもとで剣と魔法を学んだ」
レフィーナは、知らなかった母の姿を思い浮かべる。
優しかったとしか知らない人。
早くに亡くなり、顔も声も、記憶の中ではもう曖昧な人。
「強い方じゃった」
ランドルフの声は、少しだけ柔らかくなった。
「だが、強さを誇る方ではなかった。誰かが泣いておれば、見過ごせぬ方じゃった」
レフィーナの胸が、温かくなる。
「母様は……何のために、強くなりたいと答えたんですか?」
ランドルフは、少し笑った。
「それは、あの方だけの答えじゃ」
そして、視線を逸らす。
「じゃが、最後にこう言った」
森を抜ける風が、二人の間を通る。
「娘が生まれたら、優しい子に育ってほしい……とな」
レフィーナは、目を見開いた。
言葉が出なかった。
「どうやら、願いは叶ったらしい」
ランドルフは、少し照れくさそうに咳払いした。
レフィーナの目から、涙がこぼれた。
悲しいだけの涙ではなかった。
知らなかった母の願いが、自分へ届いたような気がした。
「わしはな」
ランドルフは続けた。
「お主を、レイルライン殿の代わりにしたくなかった」
レフィーナは、涙を拭う。
「お姉様の……代わりに?」
「レイルライン殿は、レイルライン殿じゃ。お主は、お主じゃ」
老人の声は、いつものように厳しかった。
「誰かの代わりになろうとして、自分の光を見失うな」
レフィーナは、額のティアラへ触れた。
「はい」
* * *
小屋へ戻った時には、空は夕暮れに染まっていた。
祭壇でレフィーナを包んでいた光は消えていた。
けれど、すべてが元に戻ったわけではなかった。
簡素だった修行着は、白銀の軽い胸甲を備えた装束へ変わっている。
胸元の青い宝玉からは、鎧の継ぎ目へ向かって、淡い金色の線が細く伸びていた。
手袋は銀の縁を持つガントレットに、革靴は膝下を守る脚甲に整っている。
それでも、重々しい鎧ではない。
肩まわりは軽く、動きを妨げるものもない。
完成された騎士の威圧ではなく、これから進む者のための装いだった。
静かに頷いたランドルフは、壁に掛けられていた一振りの剣を外した。
「ジェラームス王より、光のティアラの継承者を見定める最後の役目を託されておる」
レフィーナが、足を止める。
それは、これまで借りていた訓練用の剣より少し長い。
飾りはない。
けれど、磨かれた刃の中央には、淡い金色の筋が一本だけ走っていた。
夕陽を受けると、その筋だけが静かに光る。
「その役目において、ここに正式に認めよう」
ランドルフは、両手で剣を差し出した。
「レフィーナよ。お主は最早、見習いではない。イルファリアの姫騎士じゃ」
レフィーナは、恐る恐る両手を伸ばす。
剣の重みが、掌へ落ちる。
冷たい。
けれど、訓練用の剣よりも手に馴染む気がした。
「これは……」
「光を通しやすい金属で打たれた剣じゃ。わしが若い頃、イルファリアの鍛冶師へ頼んで作らせた」
「ランドルフ様の剣ですか?」
「違う」
老人は、首を横に振った。
「これは、ずっと誰にも渡せなかった剣――お主の剣じゃ」
レフィーナは顔を上げた。
「私の……」
「レイルライン殿の剣ではない。誰かの代わりに振るう剣でもない」
ランドルフは、まっすぐに言った。
「お主が、お主として進むための剣じゃ」
レフィーナは、柄を握り直す。
まだ、自分に使いこなせるとは思えない。
この剣で、誰かを守れるとも言い切れない。
それでも。
手放したくないと思った。
「ありがとうございます」
レフィーナは深く頭を下げた。
「大切にします」
「大切にするだけでは足りん」
ランドルフは言う。
「振れ。迷え。届かぬ時には、何度でも立ち上がれ」
「はい」
レフィーナは、剣を胸の前へ抱いた。
窓の外には、暗くなり始めた森がある。
その向こうには、ポートハーベンがある。
西の海がある。
雲まで届く塔が、本当にあるのかもしれない。
確かめに行こう。
誰かの背中を追うためではなく。
自分の足で、前へ進むために。
レフィーナは、新しい剣を静かに鞘へ収めた。
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