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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第2章 旅立つ光

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第7話「砂漠を往く商隊」

 夜。


 ハシム邸、サンドパレス。


 豪奢な廊下を、シェーラが静かに歩いてきた。


 彼女の手には、封蝋の押された契約書がある。


 部屋で待っていたアルファースは、すぐに立ち上がった。


「シェーラ」


「移送の件、まとまりましたわ」


 シェーラは、いつも通りの笑みを浮かべた。


「明朝より、商隊へ加わります」


「……あの方は、あなたへ不当なことを求めたのでしょう」


 シェーラの笑みが、少しだけ止まった。


「姫様」


「わたくしを守るために、あなたが何かを差し出す必要はありませんわ」


「必要ではありません」


 シェーラは穏やかに答えた。


「ですが、手札にできるものは使います。わたくしは姫様の侍女ですもの」


「シェーラ」


「ご心配なく」


 彼女は、胸へ手を当てて一礼する。


「わたくしはニンジャですので」


 アルファースは何も言えなかった。


 シェーラは、契約書を机へ置く。


 そこに書かれているのは、アルファースが名目上ハシムの庇護下に置かれるという条件だった。


 さらに、シェーラはハシムの身辺を補佐する侍女として同行する――そんな付帯条件も記されていた。


 けれど、その一文の裏には、シェーラが仕込んだ条項もある。


 商隊の行き先を帝国へ漏らせば、ハシムの全財産を没収できる条項。


 帝国の検問へ協力すれば、彼の領地の水利権を失わせる条項。


 どちらが誰を利用しているのか。


 それを、ハシムは快く思っていない。


 だが、シェーラの話術にいつも丸め込まれる。


 ハシムは思案した。どうすれば、この手に出来る?


 目的のアルファースを。


 打開策を得る為、とりあえずハシム自身も商隊に参加する事にした。


     * * *


 商隊は、熱砂砂漠を進んだ。


 アルファースは目立たぬ旅装へ着替え、ティアラを布で隠した。


 怯えて逃げる貴族の娘。


 それが、帝国の目に映る彼女の姿だった。


 だが、夜になればアルファースは地図を広げ、星と地脈を照らし合わせた。


 帝国軍の巡回路。


 水場の位置。


 浮遊岩の荒野へ通じる、使われなくなった旧街道。


 シェーラは、護衛の背後へ紛れ、見張りを眠らせ、砂に残る足跡を消した。


「土遁」


 砂丘が静かに崩れ、商隊の進んだ跡を覆い隠す。


「風遁」


 夜風が砂を巻き上げ、追跡者の視界を奪う。


 帝国の包囲網は、何度も空を掴んだ。


 暗黒の姫騎士は焦っていた。


 王都はあっけなく占拠出来たものの、国民の姿は無く、要所で抵抗を食らい、思うような支配が出来ない。


 そして、アルファースを捕獲出来ず、もしミッドベルンと連携でもされれば…


 いくらアルファースが非力な姫と言えど、今の情勢がひっくり返されてしまうだろう。


 しかし、今のところ、地道に捜索するしかなかった。


 一方、ハシムも焦っていた。


 このままミッドベルンへ到着してしまえば、契約は完全にシェーラたちの勝ちとなる。


 アルファースは、もう自分の庇護の下には置けない。


 その後ろ盾も、行き先も、手の届かないものになってしまう。


 一か八か、アルファースへ直談判した。


 だが、当然、拒否された。


「かくなる上は……」


 ハシムは帝国の密偵へ、商隊の経路と、そこに大地の姫騎士がいることを売った。


 欲望が渦巻き、血走った目がぎらついた。


     * * *


 順調に歩を進めるアルファース一行。


 だが、浮遊岩の荒野で、予定外のことが起きた。


 検問所。


 帝国兵たちは、通行人を一人ずつ止めていた。


 特に女性の旅人へ、異様なほど執拗に身元を問いただしている。


「おかしいですわね」


 シェーラが小さく呟く。


「姫様を探しているのでしょう」


 アルファースは、荷馬車の陰から検問を見た。


「ティアラは外してあります。わたくしたちは、ただの商隊ですわ」


 その時だった。


 帝国兵の一人が、商隊の若い娘の腕を掴んだ。


「隠している物を出せ」


「何も持っていません!」


「なら、調べるまでだ」


 娘が怯え、後ずさる。


 アルファースの指が、荷馬車の縁を掴んだ。


 駄目だ。


 目立てば、計画は崩れる。


 ミッドベルンへ着けば、セリアと合流できる。


 ここで戦えば、すべてを失う可能性がある。


 分かっている。


 けれど。


「手を、放しなさい」


 アルファースの声が、荒野へ響いた。


 ハシムの欲望をぶつけられ、少し熱くなっていたのもあるだろう。


 だが、ここまでくれば、強行軍で逃げ切れる計算もあった。


 帝国兵が振り返る。


「何だ、貴様は」


 布の下で、大地のティアラが光った。


 隠していたはずの光が、布を通して溢れ出す。


 ティアラは、主人の感情の高ぶりを反映するかのごとく起動した。


 大地が震える。


「ロックフォートレス」


 岩壁がせり上がり、帝国兵と娘の間を分けた。


 次の瞬間、アルファースの足元から黄金の亀裂が走る。


「アースクラック」


 検問所の地面が割れ、魔導弩と制御端末を飲み込んだ。


 帝国兵たちが叫ぶ。


 エボルモンスターが襲いかかる。


 だが、シェーラはすでに前へ出ていた。


「水遁」


 足元へ水流が走り、敵の体勢を崩す。


「火遁」


 炎が、怪物を焼き尽くす。


 水と炎を派手に操り、帝国兵の視界を奪う。


 最後に、シェーラはクナイを抜いた。


 戦いは長く続かなかった。


 検問所を守っていた兵は倒れ、制御を失ったエボルモンスターは砂漠の外へ逃げ去った。


 静けさが戻る。


 アルファースは、崩れた検問所を見ていた。


「……こうなっては仕方ありませんわね」


 シェーラが、穏やかに言った。


「すぐに帝国へ伝わります」


「ええ」


 アルファースは頷く。


「急ぎましょう。エルディーン山脈まで、あと少しですわ」

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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