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プリンセスナイトサーガ  作者: 中津海人
第2章 旅立つ光

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第6話「救国の計」

 その夜。


 砂漠のピラミッド地下都市に潜伏したライゼル軍。司令部には、重臣たちが集められていた。


 魔導機の大きな画面には、占領された王都ライゼルの様子が映し出されていた。


「帝国はすでに世界の半分をその版図としております」


「そして、ゆくゆくは全世界制覇を狙っております!」


「最早、その実現が目前と言えるでしょう。」


「もう打つ手無しなのでは……」


 次々に上がる声を、アルファースは静かに聞いていた。


 やがて、ゆっくりと席を立つ。


「皆様。このまま王都を捨てるつもりはございませんわ」


「ミッドベルンと連携を試みます。それが叶えば状況はひっくり返りますわ」


「セリア様と合流いたします」


 ざわめきが起こった。


「あの最強とうたわれる、聖なる姫騎士と……?」


「はい。ミッドベルンとライゼルが手を結べば、帝国の進軍を止める道が生まれますわ」


 アルファースは続けた。


「ただし、問題は暗黒の姫騎士。その目を欺き、包囲網を突破しなければなりません。」


「勿論、正面から帝国軍とぶつかることもいたしません」


「では、どうなさるのですか」


 アルファースは、壁にかけられた大陸地図へ目を向けた。


 ライゼルの東には、熱砂砂漠。


 そのさらに先には浮遊岩の荒野。


 そして険しいエルディーン山脈を越えれば、軍事大国ミッドベルンへ至る。


 アルファースは、地図の上を細い指でなぞった。


「帝国には、わたくしが怯えて国を捨てたと思わせましょう」


「亡命を、偽装なさると?」


「ええ。哀れなお姫様が、わずかな従者と逃げ出した――そう思わせるのが一番ですわ」


 おっとりとした声だった。


 けれど、そこには迷いがなかった。


「今から、このティアラの魔水晶を使って、古代遺構の防衛装置を起動させますわ。」


「蜃気楼の幻術が作動し、ピラミッドの位置を補足されないようにできます」


「そして、その機能を攻撃にも流用します。ゲリラ戦法ですわ」


「要所、要所で帝国軍を牽制致しましょう」


「私が不在の間は、ルッツフェルト将軍に指揮をお任せしますわ」


「王都はしばらく帝国に預けます。備蓄した食糧を小さく分け、避難民へ分配を。畑を燃やされぬよう、ゲリラ部隊で牽制下さいませ」


「姫様……」


「ライゼルの豊かさは、王城の中にはありませんわ」


 アルファースは言った。


「土を耕す民の手の中にあります」


     * * *


 アルファースとシェーラ、ルッツフェルトは、夜明け前にピラミッドの内部へ向かった。


 石の回廊には、古代文字が刻まれている。


 侵入者を惑わせる罠。


 砂塵を吹き上げる石像。


 足元の重さを狂わせる不思議な床。


 様々な防衛機構を突破する。


 アルファースは、一度も道を間違えなかった。もう何度も通った道。


 やがて三人は、最奥の部屋へたどり着いた。


 知恵の間。


 そこには、光を失った水晶の柱が並んでいた。


 中央の祭壇にアルファースが近づく。


 大地のティアラから魔水晶を取り出し、祭壇の魔動機端末にはめ込んだ。


 部屋を満たしていた空気が、音もなく変わった。


 眠っていた機能が立ち上がる。


 祭壇から淡い光が広がり、アルファースを包んだ。


 大地の下を走る地脈。


 人の心に宿る魔力の流れ。


 古代文明が遺した防衛装置の仕組み。


 ティアラが守護者と共鳴し、力を増幅する理由。


 そして、そのさらに奥に。


 世界は一つではないという事実。


 無数の可能性が、見えない場所で枝分かれている光景。


 そのすべてが、言葉ではなく理解として流れ込んできた。


 アルファースは、目を閉じて受け取った。


 一方、シェーラとルッツフェルトの前には、別の光が浮かんでいた。


 蜃気楼を維持するための魔力配分。


 防衛装置の操作手順。


 敵軍の接近を知らせる表示。


「なるほど……防衛機構を動かすための知識だけ、渡されたようですわね」


 シェーラが、静かに息を吐く。


「ちと頭が重うございますが、これなら操作はできますな」


 ルッツフェルトも頷いた。


「それで十分ですわ」


 古代の叡智のすべてを受け取れるのは、守護者に選ばれたアルファースだけだった。


「これで二人ともピラミッドの防衛機能を制御できますわね」


 アルファースは微笑んだ。


 けれど、その笑みの奥には、先ほどまでとは違う重さがあった。


「これらの機能を駆使すれば、帝国の軍勢を正面から止めることはできます」


「では」


「でも、それではライゼルが戦場になり、民が犠牲になりますわ」


 アルファースはピラミッドの外、砂漠の先を見た。


「ですから、別の盤面を選びます」


     * * *


 翌日、アルファースとシェーラは、王都西区にある豪奢な邸宅を訪れた。


 旅装に身を包んではいたが、屋敷の主は二人を待ち構えていた。


 「これはこれは。わが国の美しい姫君ではありませんか」


 何重もの絹をまとった男だった。


 太った身体を揺らし、指には宝石の指輪をいくつもはめている。


 ライゼル砂漠地帯を支配する大商人、大地主。


 ハシム。


 脂ぎった笑みを浮かべ、ハシムは深々と頭を下げた。


「お困りのご様子でしたら、このハシムが手をお貸しいたしましょう」


 アルファースが答えるより早く、シェーラが一歩前へ出た。


「ご厚意、感謝いたします」


「おお、侍女殿。話が早くて助かりますな」


「ですが、姫様はご多忙です。条件の話は、まずわたくしが伺いましょう」


 ハシムの目が、シェーラへ向く。


 そこには、善意とは別の色があった。


 シェーラは笑みを崩さない。


「商隊へ紛れ、東への街道を抜ける。その程度のことでしたら、あなた様にも利益があるはずですわ」


「……利益?」


「帝国の検問を越えた商隊が、いずれどこへ向かうか。将来の取引先を考えれば、お分かりでしょう?」


 ハシムは、目を細めた。


 シェーラは続ける。


「姫様の所在を守ること。護衛を増やさないこと。移動経路を他者へ売らないこと。これらを契約書に記しなさいませ」


「注文が多いですな」


「あなた様の条件も、伺いますわ」


「条件は一つですな」


 ハシムは、ゆっくりとアルファースへ視線を向けた。


「姫様には、わしの庇護を受けていただきたい。商隊の護衛も、行き先も、このハシムが責任を持ってお守りいたします」


 その目が求めているものは、商隊の利益でも、護衛料でもなかった。


 亡命中のアルファースを、自らの庇護の下へ置くこと。

 つまり、その行き先も身柄も、自分のものにすることだった。


「名目上の庇護、ということにいたしましょう」


 シェーラは、微笑みを崩さずに答えた。


「ただし、姫様の行動を制限しないこと。行き先を第三者へ漏らさないこと。契約に背けば、あなた様は商隊も領地も失う――その条件を、書面へ記していただきますわ」


 シェーラの声は柔らかい。


 だが、逃げ道はなかった。


 ハシムは、自分が交渉を握っていると思いながら、いつの間にか彼女の定めた席へ座らされていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

更新は週2~3回を目安に予定しています。

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