第6話「救国の計」
その夜。
砂漠のピラミッド地下都市に潜伏したライゼル軍。司令部には、重臣たちが集められていた。
魔導機の大きな画面には、占領された王都ライゼルの様子が映し出されていた。
「帝国はすでに世界の半分をその版図としております」
「そして、ゆくゆくは全世界制覇を狙っております!」
「最早、その実現が目前と言えるでしょう。」
「もう打つ手無しなのでは……」
次々に上がる声を、アルファースは静かに聞いていた。
やがて、ゆっくりと席を立つ。
「皆様。このまま王都を捨てるつもりはございませんわ」
「ミッドベルンと連携を試みます。それが叶えば状況はひっくり返りますわ」
「セリア様と合流いたします」
ざわめきが起こった。
「あの最強とうたわれる、聖なる姫騎士と……?」
「はい。ミッドベルンとライゼルが手を結べば、帝国の進軍を止める道が生まれますわ」
アルファースは続けた。
「ただし、問題は暗黒の姫騎士。その目を欺き、包囲網を突破しなければなりません。」
「勿論、正面から帝国軍とぶつかることもいたしません」
「では、どうなさるのですか」
アルファースは、壁にかけられた大陸地図へ目を向けた。
ライゼルの東には、熱砂砂漠。
そのさらに先には浮遊岩の荒野。
そして険しいエルディーン山脈を越えれば、軍事大国ミッドベルンへ至る。
アルファースは、地図の上を細い指でなぞった。
「帝国には、わたくしが怯えて国を捨てたと思わせましょう」
「亡命を、偽装なさると?」
「ええ。哀れなお姫様が、わずかな従者と逃げ出した――そう思わせるのが一番ですわ」
おっとりとした声だった。
けれど、そこには迷いがなかった。
「今から、このティアラの魔水晶を使って、古代遺構の防衛装置を起動させますわ。」
「蜃気楼の幻術が作動し、ピラミッドの位置を補足されないようにできます」
「そして、その機能を攻撃にも流用します。ゲリラ戦法ですわ」
「要所、要所で帝国軍を牽制致しましょう」
「私が不在の間は、ルッツフェルト将軍に指揮をお任せしますわ」
「王都はしばらく帝国に預けます。備蓄した食糧を小さく分け、避難民へ分配を。畑を燃やされぬよう、ゲリラ部隊で牽制下さいませ」
「姫様……」
「ライゼルの豊かさは、王城の中にはありませんわ」
アルファースは言った。
「土を耕す民の手の中にあります」
* * *
アルファースとシェーラ、ルッツフェルトは、夜明け前にピラミッドの内部へ向かった。
石の回廊には、古代文字が刻まれている。
侵入者を惑わせる罠。
砂塵を吹き上げる石像。
足元の重さを狂わせる不思議な床。
様々な防衛機構を突破する。
アルファースは、一度も道を間違えなかった。もう何度も通った道。
やがて三人は、最奥の部屋へたどり着いた。
知恵の間。
そこには、光を失った水晶の柱が並んでいた。
中央の祭壇にアルファースが近づく。
大地のティアラから魔水晶を取り出し、祭壇の魔動機端末にはめ込んだ。
部屋を満たしていた空気が、音もなく変わった。
眠っていた機能が立ち上がる。
祭壇から淡い光が広がり、アルファースを包んだ。
大地の下を走る地脈。
人の心に宿る魔力の流れ。
古代文明が遺した防衛装置の仕組み。
ティアラが守護者と共鳴し、力を増幅する理由。
そして、そのさらに奥に。
世界は一つではないという事実。
無数の可能性が、見えない場所で枝分かれている光景。
そのすべてが、言葉ではなく理解として流れ込んできた。
アルファースは、目を閉じて受け取った。
一方、シェーラとルッツフェルトの前には、別の光が浮かんでいた。
蜃気楼を維持するための魔力配分。
防衛装置の操作手順。
敵軍の接近を知らせる表示。
「なるほど……防衛機構を動かすための知識だけ、渡されたようですわね」
シェーラが、静かに息を吐く。
「ちと頭が重うございますが、これなら操作はできますな」
ルッツフェルトも頷いた。
「それで十分ですわ」
古代の叡智のすべてを受け取れるのは、守護者に選ばれたアルファースだけだった。
「これで二人ともピラミッドの防衛機能を制御できますわね」
アルファースは微笑んだ。
けれど、その笑みの奥には、先ほどまでとは違う重さがあった。
「これらの機能を駆使すれば、帝国の軍勢を正面から止めることはできます」
「では」
「でも、それではライゼルが戦場になり、民が犠牲になりますわ」
アルファースはピラミッドの外、砂漠の先を見た。
「ですから、別の盤面を選びます」
* * *
翌日、アルファースとシェーラは、王都西区にある豪奢な邸宅を訪れた。
旅装に身を包んではいたが、屋敷の主は二人を待ち構えていた。
「これはこれは。わが国の美しい姫君ではありませんか」
何重もの絹をまとった男だった。
太った身体を揺らし、指には宝石の指輪をいくつもはめている。
ライゼル砂漠地帯を支配する大商人、大地主。
ハシム。
脂ぎった笑みを浮かべ、ハシムは深々と頭を下げた。
「お困りのご様子でしたら、このハシムが手をお貸しいたしましょう」
アルファースが答えるより早く、シェーラが一歩前へ出た。
「ご厚意、感謝いたします」
「おお、侍女殿。話が早くて助かりますな」
「ですが、姫様はご多忙です。条件の話は、まずわたくしが伺いましょう」
ハシムの目が、シェーラへ向く。
そこには、善意とは別の色があった。
シェーラは笑みを崩さない。
「商隊へ紛れ、東への街道を抜ける。その程度のことでしたら、あなた様にも利益があるはずですわ」
「……利益?」
「帝国の検問を越えた商隊が、いずれどこへ向かうか。将来の取引先を考えれば、お分かりでしょう?」
ハシムは、目を細めた。
シェーラは続ける。
「姫様の所在を守ること。護衛を増やさないこと。移動経路を他者へ売らないこと。これらを契約書に記しなさいませ」
「注文が多いですな」
「あなた様の条件も、伺いますわ」
「条件は一つですな」
ハシムは、ゆっくりとアルファースへ視線を向けた。
「姫様には、わしの庇護を受けていただきたい。商隊の護衛も、行き先も、このハシムが責任を持ってお守りいたします」
その目が求めているものは、商隊の利益でも、護衛料でもなかった。
亡命中のアルファースを、自らの庇護の下へ置くこと。
つまり、その行き先も身柄も、自分のものにすることだった。
「名目上の庇護、ということにいたしましょう」
シェーラは、微笑みを崩さずに答えた。
「ただし、姫様の行動を制限しないこと。行き先を第三者へ漏らさないこと。契約に背けば、あなた様は商隊も領地も失う――その条件を、書面へ記していただきますわ」
シェーラの声は柔らかい。
だが、逃げ道はなかった。
ハシムは、自分が交渉を握っていると思いながら、いつの間にか彼女の定めた席へ座らされていた。
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