第5話「ライゼル、大地の守護賢者」
ライゼル王国北東部、ゴールドフィールド。
見渡す限りの麦畑を分ける街道の先で、黒い軍勢が近づいていた。
先頭を進むのは、甲殻を持つ巨大な獣たちだった。
狼の姿をしたもの。牛のような角を生やしたもの。人の形をしていながら、腕が四本に増え、背から骨の刃を突き出したもの。
黒い瘴気が、その身体の内側を脈打っている。
エボルモンスター。
ガルギア帝国が送り出した、生きた兵器。
「前衛、あと三百!」
「第二防壁へ退避させろ!」
防衛線に並んだライゼル兵たちの声は、焦りを隠せなかった。
少し前まで、遠い国の凶報だった。
イルファリアが落ちた。
エスティアが落ちた。
ロアーナが落ちた。
そして、森の国コーディアラまでもが帝国の手に渡った。
帝国は各国の資源、魔導技術、土地の力を奪い、ついにエボルモンスターの量産軍勢を完成させたという。
次に狙われるのは、誰の目にも明らかだった。
大陸の食糧庫。
豊穣の農業大国、ライゼル。
「姫様!」
防衛線の外れで、甲冑の老将ルッツフェルトが振り返った。
「ここは危険ですじゃ。王都へお戻りくだされ!」
その言葉の先に、一人の少女が立っていた。
「恐れるに足りませんわ」
おっとりとした声だった。
「ルッツフェルト、既に王都の人々はピラミッドの地下都市に避難しましたわ」
「王都ライゼルは囮。」
「ですが、南のピラミッド方面に流れて来る別動隊は、怪しまれないようさりげなく削りますわ」
淡い砂金色の髪。白銀を基調とした鎧。額には、大地を思わせる黄金のティアラ。
大地の姫騎士、アルファース。
彼女は迫る黒い軍勢を見ても、穏やかな微笑みを崩さなかった。
だが、その蒼い瞳だけが、戦場のすべてを静かに見ていた。
「では、どうなさるおつもりで」
「わたくしが囮になりますわ。まず、通信魔導機を狙って下さいね。」
「その後、その部隊には行方不明になって頂きますわ」
アルファースは剣を抜いた。
細身の剣身には、花の蔓を思わせる文様が刻まれている。
フロス・デュエラルム流――戦花剣。
守りと受け流しを極めた、ライゼル王家の剣術だった。
「皆様は、わたくしから離れてくださいませ」
彼女は一歩、前へ出る。
エボルモンスターの群れが吠えた。
先頭の狼型が、大地を抉りながら突進する。
アルファースは、剣先をゆるやかに下げた。
「ポルタ・ディ・フェッロ」
狼型エボルモンスターが弾けた。
堅牢な鉄壁にでも突っ込んだかのようであった。
怪物の勢いが鈍った。
が、すぐ立ち直り、何度も体当たりを試み、その都度アルファースは剣で弾き返す。
力を使っているようには見えない。技術で力の方向をそらしていた。
やがてエボルモンスターたちが群がり、一斉攻撃を仕掛ける。
アルファースは退かなかった。
剣と腕を胸の前で交差させる。
「インクロサーレ」
振り下ろされた攻撃を、剣身が受ける。
衝撃は重い。
けれどアルファースは真正面から押し返そうとはしない。
腕を軸に剣を滑らせ、力を下へ逃がす。
攻撃は地面へ逸れ、大きく沈んだ。
「姫様!敵通信網遮断しました。今ですじゃ!」
老将が叫ぶ。
アルファースは穏やかに微笑んだ。
「さて、では全滅してくださいね」
「アースクラック」
大地が鳴った。
地面に亀裂が走る。
割れ目は敵軍の真下で広がり、エボルモンスターたちをまとめて飲み込んだ。
甲殻の獣たちは足を取られ、後続とぶつかり合って動きを止める。
「魔導弩、撃て!」
ライゼル軍の矢が、乱れた敵列へ降り注ぐ。
だが、後方から巨大な人型のエボルモンスターが現れた。
肩までを岩のような皮膚で覆い、両腕には鉄柱ほどの棘を生やしている。
怪物は亀裂を飛び越え、防衛線へ拳を振り下ろした。
「姫様!」
兵士たちが身構える。
しかし、その瞬間には、アルファースはもう懐へ潜り込んでいた。
「ディスアルマーレ」
剣先が、怪物の腕の内側を払う。
骨の棘が根元から外れ、土へ突き刺さった。
怪物は怒りの咆哮を上げる。
「これで終わりですわ、ストーンバレット!」
岩の弾丸が巨大なエボルモンスターを穿つ。
巨体が膝をつく。ダメ押しの岩の追撃が上から下へ、容赦無く潰した。
アルファースは最後まで穏やかな笑みを絶やさなかった。
ライゼル兵たちは、息を呑んだ。
自国の姫騎士の実力を初めて目の当たりにした者がほとんどだったのである。
* * *
戦いが終わる頃には、午後の陽が麦を金色に染めていた。
「姫様。敵の魔導通信から、情報を得ました」
老将は続ける。
「各国を落とした暗黒の姫騎士が前線に到着、指揮を取るそうですじゃ。」
アルファースの笑みが、ほんの少しだけ消えた。
「……なるほど、暗黒の姫騎士。何者かは存じ上げませんが、かなりの切れ者」
蒼い瞳が細くなる。
「これは厄介ですわね」
彼女は、傍らに控えていた侍女を見た。
黒髪を後ろでまとめた、端正な顔立ちの女性。
白と黒のメイド服を身につけ、その太腿には細身のクナイが収められている。
アルファースの侍女、シェーラザード。
通称、シェーラ。
「シェーラ。先手を打たなければなりませんわね」
「はい、姫様」
シェーラは優雅に一礼した。
その微笑みは柔らかい。
だが、彼女の指先はすでに、腰のクナイへ触れていた。
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