第48話 知ってしまった
「ここから先は、王に会う前に知っておくべきことだ」
私は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
胃は痛い。けれど――。
「聞くよ。全部」
そう言った私に、猫――宰相は、静かに頷いた。
「ならば、話そう」
部屋の空気が、少しだけ引き締まる。さっきまでの混乱とは違う。これは――現実の話だ。
「まず、商会の件だ」
「……やっぱり、そこからだよね」
猫は肯定も否定もせず、淡々と続ける。
「闇のドラゴン素材は、価値が高い。それだけではない。“理由”になる」
「戦争の……理由」
「そうだ」
その一言は、短いのに重かった。
「危険だから討つべきだ。管理されていないから脅威だ。そう主張するための、都合の良い証拠になる」
私は、無意識に息を詰めていた。
「……私が接触したって事実自体が、火種となるのか」
「その通りだ」
ジルが補足する。
「あなたが素材を持っているかどうかは、二次的な問題です。“接触した冒険者がいる”という事実が、すでに価値を持っています」
「最悪だなぁ……」
胃が、きりりと痛んだ。
「だから、商会と距離を取らせた」
宰相の声は、冷静だった。
「同時に、貴殿の選択を見るためでもあった」
「……誘惑に乗るかどうか」
「そうだ」
私は、商会の男の嫌な笑顔を思い出す。融通の利く態度。優先料。そして、あの目。
「……ドラゴンとの約束を破る気は最初から無かったけれど、断って正解だったわけだ」
「結果的にな」
ジルが、静かに言った。
「あなたは、素晴らしい力、スキルを持ちながらも、短期的な目の前の利益を選ばなかった。それが、私たちの判断材料になりました」
「判断材料……」
「信頼できるかどうか、です」
私は、小さく息を吐いた。
「……試験、大好きだね。本当に」
「必要な試験です」
ジルは、きっぱり言い切った。
「あなたは、危うい立場にあります。だからこそ、“誰に何を渡すか”“誰と距離を取るか”が重要でした」
宰相が続ける。
「貴殿は、ドラゴンと敵対しなかった」
「……何となく、戦えって雰囲気だったけどね」
もしかして、私を試していたのだろうか?
「それでも、選ばなかった」
猫の視線が、真っ直ぐこちらを向く。
「それは、我らにとっても重要な選択だった」
少し、間があった。私は、肩の力を抜いた。
「……で。だから、私を王に会わせる?」
「そうだ」
「これから? それはさすがに、いきなり過ぎない?」
「むしろ、遅い」
「遅いんだ……」
ジルが言う。
「あなたは、すでに当事者です。知らぬまま動かれる方が、こちらとしては危険でした」
「なるほど……」
理解はできる。納得は――まだ途中だが。
「王は、表向きには人間だ」
宰相が言った。
「そして、猫をパートナーとしている」
「……うん、それはもう受け入れた」
「ふふん。それで良い」
猫は、少しだけ満足そうだった。
「王は、貴殿を試すつもりはない」
「……ほんと?」
「少なくとも、我々ほど回りくどくはない」
「それ、安心していいやつ?」
「半分はな」
半分かぁ……。私は、深呼吸を一つした。
「……ねえ」
「何だ」
「私さ」
言葉を選びながら、続ける。
「信頼されてる、って思っていい?」
宰相は、即答した。
「良い」
ジルも、頷く。
「はい。でなければ、ここにはいません」
私は、小さく笑った。
「……そっか」
胃は痛い。でも、逃げ出したいほどじゃない。
「じゃあ、王に会おう」
「ああ」
宰相が、部屋の扉へ視線を向ける。
「準備は整った」
私は、立ち上がった。少しだけ、背筋を伸ばす。
「……先に全部聞けてよかったよ」
「そうか」
「うん。知らないまま行ってたら、多分、失礼なこと言ってた」
「今も、言う可能性はある」
「そこは否定して!」
ジルが、わずかに笑った。
「大丈夫です」
「何が、大丈夫なの? 何に対して?」
「あなたは、誠実ですから」
私は、苦笑しながら頷いた。
「あはは……努力はするよ」
扉の前に立つ。外の世界は、さっきまでと同じはずなのに――少し違って見えた。私は、肩の上の猫に小さく言った。
「……よろしくね、宰相閣下」
「今さらだ」
短い答え。だが、不思議と心強かった。こうして私は、知った上で、王に会いに行く。胃が痛む未来は、きっと続くだろう。
それでも――。知らずに進むよりは、ずっとマシなはずだと……信じている。




