第47話 宰相の部屋
王城の中は、外から想像していたよりも静かだった。兵の数は多い。警備も厳重だ。だが、音がない。人の気配はあるのに、余計なざわめきが一切ない。
――ああ、これは「話をする場所」だ。私たちは、城の奥へと案内された。
「こちらです」
案内役の騎士が立ち止まり、重厚な扉の前で一礼する。
「こちらは、宰相閣下に用意された部屋となります」
……今、さらっと聞き流してはいけない単語が混じった気がする。
「宰相……?」
思わず呟くと、騎士は何の疑問も持たずに頷いた。
「はい。こちらの部屋は、外部の音を遮断する造りになっております。本日のお話の内容が、外へ漏れることはありません」
私は、反射的に肩の上の猫を見た。
「……耳、気にしなくていいやつ?」
「ここなら問題ない」
即答だった――。扉が閉まる。重い音と共に、外の気配が、すっと遠ざかっていく。静かだ。本当に、何も聞こえない。部屋に残ったのは、私とジルと、猫だけ。私は深く息を吐き、勧められるまま、椅子に腰を下ろした。
「……じゃあ」
ここまで来たら、もう逃げ場はない。
「説明、してくれるんだよね」
「する」
猫が短く答えた。
「今からだ」
私は胃を押さえた。ここに来てから、一体何度目だろう。
最初に口を開いたのは、ジルだった。
「まず、謝罪します」
ジルは、私に向かってしっかりと頭を下げた。
「あなたに対して、必要な情報を伏せていました。黙っていて、申し訳ありません」
「え、いや……!」
私は慌てて手を振る。
「そこまで深刻にされると、逆に困るんだけど……!」
「いえ」
ジルは顔を上げ、真っ直ぐにこちらを見る。
「知る権利があったのは事実です。それでも私たちは、“順番”を優先しました」
……また順番。肩の上で、猫が静かに言う。
「補足しよう」
「お願いします……」
「我は、この国の宰相だ」
…………。思考が、止まった。
「……え?」
「宰相」
猫は淡々と繰り返す。
「王を補佐し、政務を統括する立場だ」
「………………」
言葉が、出てこない。
「……えええええ!?」
叫びかけて、慌てて口を塞ぐ。――あ、もう耳は気にしなくていいんだった。
「ちょ、ちょっと待って!? 宰相って、あの宰相!? ほら、王の次に名前が出る存在みたいな!」
「他にどの宰相がいる」
「猫の宰相がいる世界だとは思ってなかったんだよ!!」
猫は気にした様子もなく続ける。
「王は表に立つ存在だ。政は、裏で動く」
「裏でも猫は予想外すぎる!」
「それについては……慣れろ」
「無理!」
ジルが小さく咳払いをした。
「……私についても、説明します」
嫌な予感しかしない。
「私は、こちらにいらっしゃる宰相閣下の護衛です」
「……え?」
「身分は伏せていましたが、王都では正式に任を受けています」
私は、ゆっくりとジルを見直した。
「……最初から?」
「はい」
「森やダンジョンも?」
「はい」
「私の食生活や……住む場所も?」
「……はい」
「全部!?」
ジルは、ほんの少しだけ視線を逸らした。
「黙っていて、悪かったですね」
「軽い! でも重くされるより助かる!」
私は深く息を吐いた。
「……で」
視線を、猫へ戻す。
「なんで、黙ってたの」
猫は、少しだけ目を細めた。
「貴殿が、“選ぶ”必要があったからだ」
――また、その言葉。だが、ここでは逃げない。
「……選択って?」
「力ではない。立場でもない」
猫の声は淡々としているのに、重かった。
「自力で成長するために、どのように考え、どんな行動をしたか。その後は、誰と距離を取り、誰の言葉を聞き、誰との約束を守るか。それらを見る……確認する必要があった」
商会の男たちの顔が、脳裏をよぎる。
「……断ったから、ここにいる……と?」
「そうだ」
即答だった。
「もし別の選択をしていたら?」
「王都には来ていない。当然、ここにもいない」
背中が、ぞくりとした。私は椅子に深くもたれた。
「……私、思ってた以上に難解な試験を受けていたんだね」
「必要な試験だった」
「胃には不要だったけど……」
だが、不思議と逃げたいとは思わなかった。
「……で、今は?」
「合格だ」
「それは、もう聞いた」
「ゆえに、全て話す」
猫は静かに告げる。
「ここから先は、王に会う前に知っておくべきことだ」
私は、ゆっくりと頷いた。
「……分かった」
胃は痛い。けれど――。
「聞くよ。全部」
ここで知らなければ、きっと私は後悔する――。




