第46話 今だ。
「……ねえ閣下。王様って、どんな人?」
私がそう聞いた瞬間、肩の上の猫は、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「猫だ」
「……は?」
思考が止まった。今、なんて?
「王のパートナーが猫です。いえ、猫のパートナーが王です」
「え? は?」
声が、間抜けな音を立てた。理解が追いつかない。私はその場で立ち止まり、ジルと肩の上の猫を交互に見る。
「……えええ?」
閣下は、何でもないことのように尻尾を揺らした。
「貴殿になら、教えておくべきだろう」
「いやいやいや! そこが“真っ先に”教えるべき情報じゃない!?」
思わず声が大きくなり、慌てて口を塞ぐ。閣下は落ち着き払ったまま言った。
「だから、今だ」
「今なんだ……!」
私は空を見上げた。樽。照り焼き。闇のドラゴン。商会。王都。王様の猫。情報が多すぎる。相変わらず胃が悲鳴を上げている。だが――。
「安心しろ」
肩の上の猫が、静かに言った。
「ジルと共に、説明しよう」
私は、ゆっくりと息を吐いた。逃げ場はない。ここまで来たら、聞くしかない。
「……うん。聞くよ」
覚悟を決めた、つもりだった。歩き出すと、街の空気が少しずつ変わっていく。人通りはさらに減り、建物の造りもどこか重厚になってきた。王都へ向かう道だと、嫌でも分かる。私は、ふとジルを見た。
「ねえ、ジル」
「はい」
「……さっきの話、聞いてたよね?」
「はい」
「驚かないの?」
ジルは一瞬だけ考え、いつもの淡々とした表情で答えた。
「多少は」
「多少!?」
私は思わず頭を抱えた。
「いや、猫が王様のパートナーだよ? 多少で済む!?」
「慣れます」
「あ、慣れるんだ……」
肩の上で、閣下が小さく鼻を鳴らした。
「慣れぬのは、最初だけだ」
「私にとっては、その“最初”が今なんだけど!」
私のツッコミを受け流しながら、猫は前を向いたまま続ける。
「王都に着く前に、最低限は話す必要がある」
「最低限って、どの程度……」
「世界の事情」
嫌な予感しかしない言葉だった。
「あと、貴殿の立場だ」
「……立場?」
歩きながら、背中に冷たいものが走る。
「私、ただの冒険者だよね?」
「表向きはな」
「表向き!?」
ジルが、少しだけ視線を逸らした。……さっきも見た反応だ。
「ねえ、ジル。その反応、すごく嫌なんだけど」
「申し訳ありません」
「まだ何も言ってないのに謝らないで! 怖いから!」
閣下が、淡々と告げる。
「話す順番は守る」
「順番……」
その言葉に、さっきの会話が蘇る。選ぶ必要があった、という話。試された、という事実。胃が、またきしんだ。
「……ねえ閣下」
「何だ」
「私、今日一日で何回胃を押さえたと思う?」
「数える必要はない」
「あるよ! 切実にあるよ!」
だが、猫は相変わらず涼しい顔だ。
「王都に着けば、嫌でも理解する」
「それ、絶対“嫌な意味”だよね?」
「良い意味と悪い意味は、見る者次第だ」
最悪の答えだった。やがて、遠くに王都の門が見えてくる。高い壁。厳重な警備。空気が、はっきりと変わった。私は、歩きながら小さく呟いた。
「……私、樽を買って照り焼き作るだけの人生じゃなかったっけ」
「違う」
即答だった。
「知ってるけどさ……」
肩の上の重みを感じながら、私は前を見た。ここから先は、もう引き返せない。そして、心の中でそっと呟く。これ以上、胃が痛くなる話は……もう無いよね?
――そんなわけがないのだろうけれど。




