第28話 寒さに強いとか、もう言いません
私は閣下たちと別れ、両脇にドラゴンの息遣いを感じながら、その間の道を進む。緊張で変な汗が止まらない。少しすると、出口のような穴が見えた。次はあそこへ行けということだろうか。
そこに近づくと、その先は白い“何か”としか分からなかった。仕方なく、さらに近づく。その先には白い石で作られた、アーチ状の入り口らしきものがあった。その先に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
冷たい――という言葉じゃ足りない。肌に触れた瞬間、体温を奪い取っていく“異常”だ。
「……っ」
息を吸うだけで、喉の奥が痛い。白い息が濃く、短く、途切れ途切れになる。雪? 違う。空を舞っているのは、粉雪じゃない。氷の粒だ。風に乗って飛んでくるそれは、細かい刃物みたいに頬を切り、耳の端を刺し、指先の感覚を奪っていく。
私は反射的に外套の襟を引き上げた。――まずい。巣窟の中より、外のほうが危険だ。ドラゴンの洞窟を抜けた安心感が、一瞬で吹き飛んだ。
私は足元を見る。地面が、薄く凍り始めている。さっきまで濡れていた岩肌が、もう白く縁取られていた。氷の膜が、じわじわと広がっている。これが――
「アイスハザード……」
口に出した瞬間、風が強くなった。氷の粒が増え、音が変わる。さらさら、じゃない。ざりざり。がりがり。硬いものが叩きつけられる音だ。
「っ……!」
私は腕で顔を覆い、身を屈めた。頬に当たる氷が痛い。まるで小石を投げつけられているみたいだ。このまま立っていたら、目をやられる。……落ち着け。こういう時、閣下なら――脳裏に、いつもの相棒の顔が浮かぶ。
肩の上で、当然みたいに偉そうにしている猫。今は、いない。肩が軽い。軽すぎる。私は、ほんの一瞬だけ唇を噛んだ。――肩にいなくて寂しいと思っているのか、私は。自分で自分にツッコミを入れたのに、笑えなかった。むしろ、背中が冷える。寂しいのは……事実だった。
でも、それ以上に――怖い。いざという時に、横から「違う」「それじゃ遅い」と言ってくる存在がいない。それが、こんなにも心細いとは思わなかった。私は深呼吸する。鼻から吸うと痛いので、口で浅く吸って、短く吐いた。
大丈夫。私は一人でもやれる。今までずっと、そうやって生きてきたじゃないか。まずは状況確認。……落ち着くんだ、私。火魔法で温める? 一瞬そう思った。だが、こんな吹雪の中で火を出せば、風に煽られて余計に体温を奪われるだけだ。それに、魔力の無駄遣いは最後に詰む。
氷の粒は、風に乗って飛んでくる。つまり――遮蔽物が必要だ。私はすぐ近くの岩壁に背をつける。風上を背にする形で、少しでも氷を受ける面積を減らす。それでも、露出した指先が痛い。感覚が鈍る前に、手を動かせ。
「《ウォーター》」
掌に水を生み出す。それを一気に外套の表面へ薄く塗り広げた。次の瞬間。
「《フリーズ》」
水が凍る。外套の上に、薄い氷の膜ができた。……馬鹿みたいに見えるかもしれない。でも、狙いはこれだ。氷の粒が布に刺さると、布が裂ける。裂けた場所から冷気が入り、体温が奪われる。なら、外側を“硬く”して、削れにくくする。氷が氷を受けるなら、まだマシだ。私はさらに続ける。
「《アイスシールド》……!」
薄い氷の盾を、腕の前に展開する。以前より、形が安定している。厚みも少し増した。盾の表面に氷粒が当たり、弾けて散る。音が、少しだけ遠くなった。
「よし……!」
いける。これなら目を守れる。次は足元だ。地面が凍って滑るなら、転んだ時点で終わる。視界を失い、手足の感覚がなくなり、最後は動けなくなる。私は短剣を抜いた。刃先を地面に突き立て、即席の支点にする。
……落ち着け。守っているだけじゃ、終わらない。このまま耐え続けたら、魔力が先に尽きる。
「これ、自然現象じゃないな……?」
私は氷の粒が舞う白い世界を睨みつけた。どこかに“原因”がいる。それを止めないと――本当に詰む。




