第29話 ドラゴンでも、子どもは可愛い
私は息を整えながら、周囲を見回した。氷の粒は、ただ舞っているわけじゃない。一定の周期で強弱を繰り返している。まるで、誰かが気まぐれに――息を吐いたり止めたりしているみたいに。
「……いるな」
私は目を細めた。白い世界の中で、岩肌の一部だけが妙に滑らかに光っている。柱のような氷のオブジェが、東、西、南、北に一本ずつ立っていた。
「氷像……? いや、違う」
氷像の根元に、丸い影がある。寝そべっている? そして次の瞬間、その影が欠伸でもするように首を上げた。
……ドラゴンだ。
小さい。巣窟の奥にいた連中ほど大きくはない。だが、間違いなくドラゴンの形をしている。氷の鱗、白い吐息、薄い翼。そして――やたらと気楽そうな顔。
「おいおいおい……」
私は思わず息を吐いた。アイスハザードの正体――こいつらか。私は愛刀に手を伸ばしかけて――止めた。抜けば早い。脅せば止まる。でも、それをやる必要はない。相手は、子どもだ。悪意がないのは、顔を見れば分かる。私は外套の襟を直し、できるだけ落ち着いた声で呼びかけた。
「おーい」
一番近い一匹が、片目だけ開けた。
『……ん?』
そんな顔だ。欠伸を我慢してるみたいな、眠そうな目。私はゆっくり近づく。氷の粒が頬に刺さる。痛い。でも、ここで焦っても仕方がない。
「寒いの、好きなのは分かった」
『……?』
「でも、今はちょっと困る」
私は自分の袖を見せた。氷の粒で削れて、毛羽立っている。
「見て。服が泣いてる」
『……』
ドラゴンが袖をじっと見た。たぶん、初めて気づいた顔をしている。私は苦笑して、続けた。
「それとね。君たちがこれをやると――」
私は空を指差す。
「私は前に進めない」
『……?』
「前に進めないと、困る人がいる」
ドラゴンの耳のような部分が、ぴくっと動いた。私は声を落として、丁寧に言う。
「君たちのボスドラゴン、分かる?」
『……』
「彼と話をする約束をしてるんだ」
四匹が、顔を見合わせた。“約束”という単語は、どうやら通じたらしい。私は頷く。
「だからね。遊ぶのはいい」
ここで一拍置く。
「でも、今はやめてくれる?」
ドラゴンが、口を開けかけた。私は慌てて止めない。代わりに、手のひらを上げた。
「大丈夫。怒ってない」
『……?』
「ただ、危ないから」
私は笑う。優しく、でも目は逸らさない。
「君たちが思ってるより、私は弱いんだよ」
四匹の目が丸くなる。……いや、弱くはないけど。今はそういう話でいい。私は心の中でだけ突っ込みを入れた。すると、一匹が小さく息を吐いた。「ぷしゅ」氷の粒が少し舞ったが、さっきみたいな勢いはない。
「うん、それくらいなら平気」
私はすぐに褒めた。
「上手。今のは優しい」
ドラゴンが、少しだけ得意そうな顔をした。……やっぱり子どもだ。私はそのまま、もう一歩だけ踏み込む。
「じゃあ、今度は――止められる?」
四匹が、揃って口を閉じた。空気の白さが、すっと薄くなる。刺すような冷気が、ただの寒さへ落ちていく。
「……よし」
私は息を吐いた。肩が軽い。閣下はいない。でも今のやり取り、きっと横でこう言われる。
『君は、妙に子供の扱いが上手いね』
……うるさい。私はドラゴンたちに向き直り、指を一本立てた。
「約束」
四匹が、こくこく頷いた。たぶん、頷いている。そう見えた。
「えらい。ありがとう」
私はそう言って、踵を返した。私だけで、ちゃんと止めることができた。
――私は白い世界の先へ、もう一度歩き出した。




