第24話 貢ぎ物と高級食材
翌朝。二日酔い……とまではいかないが、頭の奥が少し重い。私は早朝の水汲みを終え、いつも通り食堂で朝食をいただいていた。……いや、いつも通りのはずなのに、今日は妙に落ち着かない。なぜなら――昨日、閣下が言ったのだ。
『ドラゴンと対話するための条件を教えよう』
しかも、貢ぎ物が必要だとか、洗礼の儀式だとか。もう、物騒な予感しかしない。私はパンをちぎりながら、頭の中で必死に情報を整理する。貢ぎ物……って、金? 宝石? 希少素材? いや、俺、そんな大層なものは持ってないぞ……?
そこへ、ふわりと温かい毛並みが頬を撫でる。
「にゃ」
閣下が、いつも通り私の肩に乗ったのだ。……いや、最近は「いつも通り」と言っていいのか分からない。二足歩行で喋れる猫が、いつも通りなわけがない。
「おはようございます、閣下」
「うむ。おはよう、シュン」
堂々とした返事。周りの人間には、相変わらず普通の猫に見えているらしい。……ありがたいような、怖いような。私は小声で切り出した。
「昨日の話なんだけどさ。ドラゴンへの貢ぎ物って、何が必要なの? 気になって仕方がないんだけど」
「ククク。良い質問だねえ」
閣下は満足そうに喉を鳴らし、尻尾をゆらりと揺らす。
「彼らはな、財宝も好きだが……それ以上に、“面白いもの”を好む」
「面白いもの?」
財宝はあって当たり前、ってことか。でも、面白いって何だ?
「そう。珍しいもの。変わったもの。……そして、味の良いものだ」
味。私はその言葉に、ピンときた。
「……食べ物?」
「うむ。食べ物だ。特に、香りが強いものは好まれる。鼻が利くからな」
なるほど。ドラゴンって、でかくて強いし、なんか全部派手なイメージがあるけど……食い意地も張ってるのか。いや、あれだけ巨大なら、食う量も桁違いだろう。むしろ当然か。
「でも、俺が作れるものなんて……」
「ククク。そこが面白いのだよ、シュン。君は“あちらの世界”の味を知っている」
閣下の目が細くなる。……嫌な予感がする。
「まさか、俺に料理を作れって?」
「そうだ」
「即答!?」
私は思わず声を上げそうになり、慌てて咳払いで誤魔化した。料理か……。いや、できなくはない。あちらの世界では最低限だが自炊もしていた。こっちの世界でも、野営で焼いたり煮たりはしてきたのだ。だが、ドラゴンに献上する料理って、どう考えても難易度が高い。
私は真剣に考え始める。肉は……ある。鹿のような魔物もいるし、食堂でも“上物”扱いで、振る舞われればちょっとした騒ぎになるような肉だ。塩もある。酒もある。甘味も……蜂蜜なら手に入る。どれも少ししか採れないから希少なんだけどなあ……まあ、ドラゴン相手ならケチってる場合じゃないな。
そして、頭の中で一つの味が浮かんだ。甘辛くて、香ばしくて、照りがあって――白い飯が欲しくなるやつ。香りで釣るなら、やっぱり焼いているときの煙と甘さは強い。そう、それは――。
「……照り焼き」
「ほう?」
閣下が興味深そうに耳をぴくりと動かした。
「照り焼きっていうのは、肉を焼いて、甘いタレを絡める料理なんだ。香りが強くて、見た目もツヤが出る」
「ククク。良いではないか。“照り”があるというのは、見栄えも良い。ドラゴンは派手なものが好きだ」
「問題は……醤油がないことなんだよなぁ……」
思わず漏れた独り言に、閣下が「ククク」と笑う。
「シュンは難しく考えすぎだ。醤油がなくとも、似た味は作れる。甘い酒と塩、それに香草でもあれば十分だ」
「甘い酒……みりんみたいな?」
「うむ、それだ」
閣下は満足そうに頷いた。
「インベントリにしまってしまえば、持ち運びも容易だ。……貢ぎ物としては上等だろう」
「よし。じゃあ、作ってみるか……」
私は立ち上がり、食堂の奥――借りられる調理場へ向かう。エリスさんに事情を説明したら、きっと笑って鍋を貸してくれるだろう。
だが、ここで一つだけ気になることがあった。
「ねえ閣下。ドラゴンって……食べ物で機嫌を取ったら、話を聞いてくれるの?」
「ククク。話を聞くかどうかは、彼ら次第だ。だが――」
閣下は尻尾を揺らし、楽しそうに言った。
「貢ぎ物がなければ、門前払いだ。下手をすれば、君自身が“貢ぎ物”になる」
「怖っ!?」
「ククククッ」
笑い声だけがやけに上品で、余計に怖い。私は顔を引きつらせながらも、心のどこかで燃えていた。よし……やってやる。照り焼きでドラゴンを釣る。……いや、交渉する!
――こうして私は、ドラゴンとの対話に向けて、人生で一番真剣に“料理”と向き合うことになったのだった。




