第二十四話-1
お昼を回ってしばらくした頃に、水族館を後にする。
3人並んで来た道を、今度は逆に辿るように。
海が見える道を並んで、ホテル近くにあるモールに向かって、ゆっくりと。
少し汗ばむくらいの日差し。
海からの風が、優しく肌を撫でる。
潮騒が聞こえる中を、笑いながら。
水族館からモールまでの間には、駐車場が何カ所か。
海水浴場に続く道沿いなので、古い施設なのだろう。
それでも、車の列は途切れていない。
「・・・モール、人多いのかなぁ」
俺は、あまりここには来ない。
人込みの中を歩くのが好きじゃないのもあるけど、いまだに俺が『女性向けの設備』を使うのに抵抗があるので・・・。
・・・仕方ないのは、判ってるつもり・・・なんだけどな。
それでも、瑠璃と琥珀ちゃんに、夏向けの服を買いたいと言われれば、俺としては付いて行くしかない。
放って帰るなんて、出来るわけないんだし。
それに、普段と違って、今日はデート。
次に出掛ける時の服も、考えておきたいしね。
それにしても。
琥珀ちゃんが、やたらと上機嫌。
隣を歩きながら、にんまりと笑って俺の顔を見上げて来る。
「真兄ちゃん、今何考えてた??」
え?
「お顔に書いてあるよーっ」
え?え??
ステップを踏むように、軽やかに歩道を舞う琥珀ちゃん。
くるりと振り向けば、背中のウサミミフードが風に揺れる。
・・・不安の影が浮いていたかな・・・?
ダメだな。瑠璃も琥珀ちゃんも楽しんでるのに、それに水を差すような真似なんて・・・。
「そ、そんなことないよ?・・・今、すっごく楽しいんだから」
苦笑いをしながら答えると、少し首を傾げながら琥珀ちゃんが俺の前に立つ。
ちょっと胸を張りながら顎を引き、上目遣いにならないよう、見下ろし上げて来る。
ただ黙って、静かに・・・。
俺の瞳の奥の奥を覗くかの様に、
「う・・・」
いささか気圧されるよう。
・・・時々、琥珀ちゃんって判らない時があるんだよな・・・。
でも。
悪気がある訳じゃないし、むしろ、はっきり言葉にした方が良い時もあるんだろう。
俺の悩みは、俺にしか判らないもの。
同じように、瑠璃の悩みは瑠璃にしか、琥珀ちゃんの悩みは琥珀ちゃんにしか、その深さは判らない。
けれど共有すれば、触れ方も、他者視点での捉え方も、様々出て来る可能性はある。
そう、そこまでは判る。
判ってはいても、感情が理解を拒絶する。
たったひとりに拒絶された経験が、その後の人と関わりを変えてしまうことだってある。
そして、俺は・・・。
「琥珀ちゃん・・・」
俺自身が、俺を・・・拒絶・・・している。
誰でもない。
俺自身が。
僅かに呼吸が乱れ、視界が揺れるよう。
首筋を脂汗が流れ、手のひらが湿っぽい・・・。
不快感が胃を掴むようだけど、それでも・・・。
「琥珀っ!・・・やめなさい・・・」
不意に、瑠璃の声が飛ぶ。
少しだけ眉を寄せ、俯き、唇を噛みながらも、気丈に振舞おうとしているようだ。
けれど、今声を飛ばす相手は琥珀ちゃん。
仲の良い柚葉ちゃんにさえ強く出られる瑠璃も、流石に・・・。
それに、これは瑠璃も勘違いをしてるんじゃないかな?
琥珀ちゃんは、俺の傷を抉りたい訳でも、無神経なわけでもない。
多分だけど、俺が無意識に嫌ってるものが何なのかを、『俺自身』に見て貰いたいんじゃないかな?
つまりは、『女の子である俺』を。
・・・このタイミングでね。
「瑠璃っ」
小さく首を振りながら、声を掛ける。
『大丈夫だよ』と笑顔で。
そして改めて琥珀ちゃんと、目を合わせて対峙する。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて気分を落ち着ける。
・・・うん、手の汗が引いてきた。
少しだけ目を閉じ、瑠璃の、琥珀ちゃんの、祐也の顔を思い浮かべ、掛けてくれた言葉を思い出す。
柚葉ちゃん、碧さん、綾香さん・・・それから、仲良くしてくれてるみんなの顔が浮かんでは消えていく。
ゆっくりと目を開き、笑顔で琥珀ちゃんに告げる。
「琥珀ちゃん・・・。俺はね、女の子になりたかったわけじゃないんだよ」
「・・・うん」
「ただ、そうなってしまった。変えられない現実としてね」
「・・・うん」
一度息を吐く。
「最初はさ、みんな驚いたし慌てた。腫れ物に触るように扱われたことだって、数えられないくらいだよ」
「・・・」
「『可哀想』『大変だね』・・・そんな事、何度言われたか」
「・・・うん」
「からかわれたことだって、セクハラまがいの事を言われた事だって、数えきれないよ」
「・・・うん」
瑠璃が泣きそうな顔をして、俺の服の裾を掴む。
手が震え、足も僅かに震えているよう・・・。
「・・・それ以上、言わなくていいよ。琥珀は、帰ったら叱っておくから・・・だから、もうやめよう?」
少しだけ血の気が引いたような顔で、弱々しく・・・。
心配してくれてる・・・。そう、心配してくれてるんだよね。
ありがとう、瑠璃。
でも、改めて、俺は首を振って答えとする。
「でもね?瑠璃は、今みたいに俺を守ろうとしてくれる。・・・それは、俺が女の子だからじゃなく、『大事な幼馴染の真』だからなんだよ」
「祐也だってそうだよ?」
「・・・祐也兄ちゃんも?」
俺は、小さく笑顔で頷く。
顔を上げ、息を吐いて、言葉を繋げる。
「祐也はね、俺が『男だろうと女だろうと関係ない。あいつは、織部真だ』そう言って、騒いでる連中を窘めてくれた。・・・多分、守る気もないんじゃないかな?」
それに・・・
「琥珀ちゃんだって」
「あたし?」
俺は黙って頷く。
「琥珀ちゃんは、今でも俺を『真兄ちゃん』って呼んでくれてるよね?」
「うん」
「琥珀ちゃんも、俺が男でも女でも、『真兄ちゃん』って思ってくれてる。そう接してくれてる」
「・・・うん」
「父さんも母さんも、おじさんもおばさんも・・・みんな、俺を『織部真』として扱ってくれる。・・・変わらない、ひとりの人として・・・ね」
瑠璃は俯き、頬に涙が流れる。
琥珀ちゃんも、真剣な目で俺を見る。見続ける。




