第二十三話-3
「ふふっ」
優しい目で、その手を見る瑠璃。
小さく頷いて答える俺。
今この時だけは、俺たちふたりの間に言葉はいらない。
俺の喜びを、瑠璃も己の喜びとしてくれているんだ。
・・・
と思えば、俺の方を向いて口をパクパクさせている。
・・・『あ~んっ』の催促だったのか・・・。
今度こそ、本当に苦笑い。
でも、微笑みながらピーマンの肉詰めを差し出せば、大きな口で箸ごと食べるのかって勢いで食いついてくる。
「ふふっ・・・あはははっ」
思わず笑ってしまう。
もし、俺が怪我をしてなくて、瑠璃が自分を責めていなければ・・・。
俺たちふたりが、昔のまま大きくなれていれば・・・。
ずっと、こんな瑠璃を見ていられたのかな。
大好きな瑠璃。
昔から、雑でがさつでいい加減で、騒がしくて食べるのが大好きで。
それでいて、誰よりも優しかった・・・俺の好きな瑠璃。
凛としたカッコいい瑠璃も良いけど、俺にとって一番は、今のちょっとダメな瑠璃だ。
そう、少しだけ昔に戻れた瑠璃。
誰の目も気にせず、ダメなところを見せてくれる、自然体な瑠璃。
それを『当たり前』としている琥珀ちゃん。
ふたりと一緒に笑えるこの時間。
これがきっと・・・。
俺にとっての、『幸せ』なんだろうな・・・。
◇◇◇◇
お弁当もほとんど食べて終わった。
けれど・・・
「琥珀?おにぎりはもういいの?」
残っているのは、瑠璃の好物『チーズ枝豆昆布おにぎり』
・・・
残ったら、瑠璃が全部食べると思ってたんだけどな。
「ん~・・・」
いつもと違い、なんとなく歯切れの悪い琥珀ちゃん。
ちらりとおにぎりに目を遣ると、少しだけ眉を顰める。
・・・ははぁ。
まぁ、判らなくもないんだよね。
見た目は、かなり・・・と言うか、本当に『なんだこれ』って感じだし。
すっごい茶色いし、そこに浮かぶ枝豆が緑色で、チーズの白が差し色としてはあってなくて。
瑠璃も、初めて見た時は『変っ!』って叫んでたっけ。
・・・あれ?俺だったかな?
何にせよ、見た目で敬遠されてるのは間違いない。
ちょっと残念だけど、好みはひとそれぞれなんだから、強制は良くないよね。
そう思いつつ箸を伸ばし、残っているおにぎりをひとつ取り皿に。
ひと口大に割ってパクリ。
もぐもぐと噛んでいれば、じんわりと昆布の旨味が口の中に広がる。
僅かに遅れて、チーズのコクが昆布の旨味を後押しし、枝豆の食感が楽しい。
『・・・この見た目でなければなぁ』
何度思った事か。
もうひと口で、と思っていれば・・・俺の口元を凝視する琥珀ちゃん。
・・・
あ~・・・えっと。
食べようと思っていた半分を摘まむと、恐る恐る琥珀ちゃんの方に差し出す。
少し険しい目元になり、ためらいがちに開けられる口元。
それでも勇気を出してか、箸ごと食べる勢いでおにぎりに齧り付く。
驚き目を見開く瑠璃と、目を閉じ、口の中のものを噛み砕こうとしている琥珀ちゃんの対比が、何故か可笑しい。
少しだけ瑠璃の目を向ければ、ちょっとだけ歯を見せながら笑っている。
きっと、かつての自分と重なるのだろう。
少しだけ笑って返す。
目を見開く琥珀ちゃん。
満面の笑顔でおにぎりを飲みこめば、残っていたおにぎりに箸を伸ばす。
気に入ってくれたんだね。
気が抜けたような笑顔。
「なにこれっ!面白いおにぎりっ!」
「ふふっ・・・でしょ?私、このおにぎり大好きなのよ」
「うん・・・なんて言うのかな?複雑なおいしさ?」
瑠璃と、顔を見合わせながら笑いあう。
残った最後のおにぎりをお腹に収め、3人笑顔の時間。
大きく息を吐いた。
・・・目を瞑り、左手を握る。
自然と笑顔が零れた。
・・・
少しの間、ゆっくりお喋り。
琥珀ちゃんの普段のこと。
中学の友達。
俺や瑠璃の学校のこと。
それから、祐也や、大事な友達のこと。
緩やかな風のなか過ぎる、穏やかな時間。
優しい笑顔と零れる笑い声。
以前は当たり前だったことも、何かがあれば当たり前ではなくなる。
俺と瑠璃、琥珀ちゃん。
当たり前のように一緒に過ごし、話し、笑う。
・・・何時以来だろう。
多分、俺が左手の自由を失う前・・・かな。
あれから、俺と瑠璃は何時も一緒だったけど、ふたりとも笑う機会は少なくなって。
琥珀ちゃんと遊んでても、ハンデがあれば、どうしても気を使ってしまう。
少しずつ離れ、変わり、壊れていった関係。
でも、いまやっと・・・元に戻る入り口に立てた気がする。
少しだけ強い風が吹き、瑠璃の頬に髪がまとわりつく。
そっと手を伸ばし髪を払ってやり、そのまま頬を撫でた。
・・・あれ?
俺、こんなこと出来たっけ?
少しだけ心臓が跳ね、顔が熱くなる。
手に力が入りそうになるが、左手だ・・・。
瑠璃はと言えば、目を見開き、顔を真っ赤にしてはいるけれど、俺の手から逃げたりはしない。
僅かに顔を傾け、頬を押し当てて来る。
もう一度吹く風が髪を揺らすけれど、俺の手を超えて髪がまとわりつくことはない。
「ふふっ」
「・・・うん」
きっと、俺の怪我が無ければ、瑠璃とこんな穏やかな時間が過ごせていたのだろう。
多分、ずっと・・・。
誰にも邪魔されない、俺たちだけの時間を・・・。
木々が騒めく。
ふと目を遣れば、琥珀ちゃんが残っていたおにぎりを、全て平らげたところ。
頬が緩み、思わず笑い声。
瑠璃も同様に、口元に手を当てて笑っている。
ひと息ついて、お腹が落ち着くまで、少しだけゆっくりと。
周りの席にも人が増えだし、皆思いおもいにお弁当を広げている。
お弁当そっちのけで走り回る子もいるけれど、親に窘められれば、大人しく席でお弁当を頬張った。




