第二十二話-3
外のオープンスペースには、大きめの水槽と、ステージのついた水槽が並んでいる。
入り口近くのカメプールも人気だったし、こちらにも人が多く来てるかと思えば・・・。
「あれ?意外と、人が少ないのね・・・」
思わず口に出るくらいに、人の姿が無かった。
展示館の方は人が居たのに・・・。
少し周りを見回して、大きな水槽の方に歩いてみれば、そこに居たのは大きなオットセイ。
真っ黒なつぶらな瞳が可愛らしい・・・けど、大きいっ!
テレビとかで見ると、濡れた毛がぴっちりとしてて、ツルっとした印象があるかな?
でも、実際に目の前で見ると・・・。
多分、私より大きいんじゃないかな?
なになに?オスは体長250cmにもなり、体重250kg・・・。
うっわ、大きいっ!
しかも毛がみっちりと生えていて、長めの毛も太く・・・。なんだろう・・・たわし?
固そうな毛の下に、短い毛が密集していて、『なるほど、この毛に脂が付いて寒さを防ぐのか』なんて思えてしまう。
プールサイドデッキでひと休みしているオットセイは、お腹を見せる様にひっくり返っているけれど、プールの中では気持ちよさそうに泳いでいる。
「あっ!お姉ちゃん、見てみてっ!?」
隣で眺めていた琥珀が、何かを見つけたのか、服の裾を引っ張って呼ぶ。
その可愛い指が指し示す先を見てみれば、それはオットセイの頭。
「?」
はて?何を見つけたのか・・・。
「頭の後ろの方っ!ほら、あのちっちゃい・・・」
良く見れば、頭の後ろの方に横向きに飛び出した小さな突起のようなもの。
あれは・・・。
「あ、あれってもしかして耳!?」
私のその言葉に、琥珀は花を咲かせたような笑顔で頷く。
「すっごくかわいいねっ!お姉ちゃんっ」
目を煌めかせて喜ぶ姿が、また可愛らしい。
こんな近くでオットセイを見る機会なんて、人生で何度あるだろう。
そんな時を、この可愛い妹と、そして大好きな真と一緒に得られるなんて・・・多分、私は幸せなんだな。
・・・
ステージの方に回ってみても、お客さんは皆無。
『これは・・・?』と思って、ふと脇に目をやれば、
『ペンギンショーはお休みになります』との張り紙。
あらら、何てこと。
楽しみにしてたのになぁ・・・。
琥珀も真も、がっくりと肩を落としている。
そうだよね。
あのペンギンのよちよち歩く姿、見たかったよね。
でも、なるほど。
オープンスペースに人が居ないのは、こういう理由なのね。
確かに、古めの施設ではあるし、動物たちだってずっと元気なわけでもないのよね。
彼らの寿命って、私たちと比べれば短いんだしね・・・。
そう・・・だよね。
仕方ない・・・と言うと、ペンギンさんに失礼にあたるかな。
私たちは、展示館の中にある、資料室へと足を運んだ。
「おぉー・・・これは・・・」
「・・・凄い・・・」
そう広くはない資料室。
地域の歴史や、動植物の標本。発掘された出土品や、古代に生きていた・・・らしい、像の骨や、貝塚から出た古代の人の生活の跡。それに、近い時代であれば、海を行き来していた船のレプリカや模型が、所狭しと並べられている。
「これは・・・全部貝なんだね」
琥珀が目を丸くしながら、標本を眺めている。
小指の先ほどの大きさから、山伏が持ってそうなほら貝や、まっすぐに伸びた・・・ホルンのような貝まで、様々な形と大きさの貝が並んでいる。
「あ、ほら、琥珀ちゃんっ!アンモナイトの化石だよっ」
真の声に促されるように見れば、お煎餅ほどの大きさから、フライパンよりも大きそうなものまで、いくつもの化石が並べられていた。
「真兄ちゃん・・・これも・・・このあたりから出たの?」
「そうなのかな?・・・あ、これは外国から来てるね」
「へ~・・・」
意外な事だけど、琥珀はどうもこういうものが好きみたい。
なんだろ・・・私は勉強みたいでちょっと引いちゃうけど、琥珀の目が爛々と輝いているように思えた。
「ねえ、これは?これは??」
琥珀に手を引かれ、足を運んだ先にあったのは、オオシャコガイ。
・・・私が手を広げたほどもある、大きな貝。
ええ?これ、本物なの??
・・・重さ200kgにもなるって・・・。
世の中、知らないことだらけ・・・。
呆気にとられる私を尻目に、琥珀は生きいきとあたりを歩き回っている。
その先にあるのは、魚の標本。
サンゴやサメの歯・・・というか顎?
そして、あれは象の牙・・・。
こんなものまで、このあたりから発掘されたのね・・・。
驚きに頭がいっぱいになっている私の隣に、いつの間にか真がいた。
ゆっくりと笑いながら、ふたり手を繋いで・・・。
「・・・凄いね」
「・・・うん。私たち、知らない事だらけなんだね・・・」
「そうだね。地域から、こんなにいろんなものが出てたってことさえ、お・・・私たちは知らなかったんだね」
「・・・あー・・・ヤなこと思い出しちゃった」
ちょっとだけ、俯いて口を尖らせる。
小首を傾げて、『何事か?』と伺う真。
「・・・祐也が言ってたの・・・。『世の中知らないことだらけ。知識ってものがどれくらいあるのか、見当もつかない』って・・・」
おや、と思ってか、目を見開く真。
ちょっとだけ驚いた顔をして、また優しく笑ってくれる。
「・・・そうだね。そんなこと、言ってたね」
小さく息を吐いて、改めて琥珀を目で追いながら呟いた。
「祐也の言ってたことがわかっちゃうなんて・・・なんか悔しい」
認めたくないけど、祐也の凄さというか良さというかが、少しだけ判った気がする。
真があれだけ一緒にいるのも、きっとこんな気持ちにさせる何かが、祐也にはあるんだろうな・・・。
「そうだね・・・。でも、それを認めてあげられる瑠璃も、凄いと思うよ」
「え・・・?そ、そう・・・かな?」
真は小さく頷いて、悪戯っぽく笑うと・・・。
耳元に近き、小さな声で囁く。
「うん。そんなところも、俺は好きだよ」
え?
「・・・~~~~///!?!?!」
顔と頭に一気に血が昇る。
心臓は一瞬止まったかと思えば、今度は凄まじい速さで鼓動しだした。
頬だけでなく、顔全部が真っ赤になるのがわかるし、手も足も震えが止まらない・・・。
好き?
真が、私のことを・・・好き??
いきなり・・・そんな・・・。
血の巡る音が、耳鳴りの様に頭に響き、周りの音が聞こえない。
心臓の高鳴りが、首の付け根を、わきの下、上腕内側、鳩尾、鼠径部、膝裏、足首も激しく揺らしている。
まるで、その場に大きな太鼓でもあるかの如く響いてくる。
目が回る。
足に力が入らず、その場に座り込みたくなる。
・・・ううん、それよりも・・・。
「わ・・・わた・・・」
真の言葉に答えたい。
私も『あなたの事が好き』って伝えたい。
・・・
なのに・・・。
声が・・・出ない・・・。
嬉しさで喉が詰まって、答えられない。
なんで・・・なんで・・・?
込み上げてくる涙が視界を塞ぎ、光る闇の中に私を落とす。
幸せなのに・・・何故、こんなに苦しいの・・・?
優しく笑って、傍を離れる真。触れたままの手をゆっくりと引いて、少しだけ場所を移すように。
「あ・・・」
思わず踏鞴を踏みそうになるけれど、気が付けばまた傍に居て、身体を支えてくれる。
涙の向こう、微笑みが見える。
その笑顔に答えるように微笑み、ひと筋の涙と共に答える。
「ありがとう・・・私も好きよ・・・」




