第二十二話-2
水槽を照らす光から離れれば、他のお客の顔・・・どころか、その姿も霞むよう。
少しだけ・・・。
真の肩に頭を預け、少し上目使いに見れば、薄暗い中でもその頬の赤さは良くわかる。
・・・誰の目も、きっと届かない・・・。
私は、真の息を感じるくらいまで身体を寄せ、その瞳を見詰める。
・・・いつもなら、『ちょっ・・・瑠璃、近いよっ』って逃げるのに、今日は違うのね・・・。
お互いの息が触れ合う程。
水槽からの光が、彼・・・彼女の瞳を照らし、サンゴたちが私たちの未来を祝福する花の代わりをつとめてくれる・・・。
・・・そこ、コバンザメ。
あっち向いてて。
もう少しだけ・・・。
お互いの体温がわかる程に近づき・・・。
「お姉ちゃーんっ!クラゲの水槽があるよーっ!!」
・・・琥珀が小走りに戻って来る。
ふたりともに、『はっ!』として身体を離すと、不意に周りの目が気になってしまう。
・・・なんとなく、頬が熱い。
もう少しだったけど・・・でも、真も逃げなかったし、うん、いいや。
それでも、少しだけ頬を膨らませた。
ちらっと横目で見れば、真は頬を染めたまま小さく笑っている。
・・・うん、そうだね。
続きは、また今度。
琥珀に促されるままに足を運べば、そこは一面のクラゲたち。
大きな水槽の中が、全てクラゲ。
それはまるで、半透明なクリスタルを散りばめた輝く青空。
ゆったりと揺蕩うクラゲは、天から降りしきる羽根だろうか。
揺らめき、傘を広げたと思えばふわりと跳ねる。
互いに触れる程に近くても、まるで滑るかのように交差して・・・。
全てのクラゲたちが、青い光を周りに振りまいているようだった。
「・・・綺麗ね」
「・・・うん」
ふたり、並んで見上げる先を光の帯が照らし、琥珀が光を浴びながらスカートの端を摘まんでくるりと舞う。
・・・カーテシー・・・?
あ、でもあれはお辞儀の一種だから違うか。
「琥珀ちゃんのそれは、クラゲの真似?」
真・・・それはあまりにもまんま過ぎるわよ?
でも、笑顔のまま頷く琥珀。
・・・そっか。可愛いわよ、琥珀。
展示室内の両壁にある水槽を、3人でゆっくりと見て回り、また入り口の回廊に戻ってくる。
日の光に照らされた白い壁が、入って来た時よりもより強く光っているよう。
少し目を天井に向ければ、真上に近いあたりから光が降りそそぐ。
入り口が開くたびに、通り抜ける風が、光の柱を揺らして去って行く。
その風に背を押され、奥のオープンスペースへと足を進めれば、その手前の広間へと導かれる。
「・・・わぁ・・・」
周りを白壁に囲まれたその場所は、少しだけ特別な場所。
出入口の上の壁一面に、子供たち・・・おそらくは、この水族館に遠足で来た幼稚園や小学校の子たちが描いた絵が貼りだされている。
そして、その絵に囲まれるように、広間の天井空間を泳ぐクジラの骨格標本がいた。
色とりどりの絵が、まるでクジラと一緒に泳ぐように思える展示。
遠足で来た子たちが、この場の思い出を宝物に出来るように・・・との配慮からだろうか。
ぐるりと全面を絵が埋め尽くしている。
その場の皆、言葉が無い。
ただただ、その想いを受け取り、次に手渡せる時を待つのだろう。
私の手を握る琥珀の細い手。
その手を少し握り返しながら、小さく呟くように、
「・・・琥珀、あなたが将来、子供を持った時には、その子をここに連れて来てあげて・・・。この景色を、子供の心に・・・宝物として残してあげて。・・・きっと、大切な思い出になるわ」
小さく笑いながら、琥珀に笑顔を贈る。
ちょっとだけ困ったような顔をしたけれど、ちょっとだけ俯いて、でも大きな笑顔で
『うん、そうだねっ!お姉ちゃん』
そう答えてくれた。
・・・ごめんね、我儘なお姉ちゃんで。
真も私も、少しだけ寂しそうな顔をしていたのだろうか。
琥珀は、手を離して、私たちの方を振り向いて告げる。
『その時は・・・ううん、その時も一緒だよ』・・・と。
ふわりと流れる風が頬を撫で、動くはずのない骨格標本の尾が微かに動いたような気がした。
先へ進めと言わんばかりに・・・。
その先へ・・・私と真の未来へ・・・。




