第二十二話-1
入り口を入れば、白くまっすぐな回廊。
高い天井の吹き抜けで、ガラス張りの屋根から降り注ぐ光が柔らかい。
歩を進めれば、そのまま奥のオープンエリアに出る事も出来るようだけど、それはまだあと。
右手に目をやれば、淡い照明に照らされた展示エリア。
その一番手前に、大きな水槽が私たちを迎えてくれる。
「お姉ちゃんっ!見て、ほらっ!おっきな顔っ」
琥珀の声に目を向ければ、大きなエイのお腹が、水槽に張り付いていた。
「あははっほんとだっ!大きな顔だね」
「すごいねーっ!テレビとかで見るのと一緒だね」
琥珀は、私達から手を離してエイの真下まで小走りで近づいて行く。
「笑ってるみたいだねっおもしろーいっ!」
その声に答えるのか、エイがヒレとエラをパタつかせている。
仕草にも愛嬌がある。
このエイは、もしかしたら人が好きなのかな?
ふたりで頬を緩めながら、琥珀とエイを眺めていれば、薄暗い水槽の奥の方から近寄る影があった。
サンゴの群れを抜けて、琥珀の目の前まで滑るように泳いで来たのは、大きなコブダイ。
丁度、琥珀の目の前に向かって来たコブダイは、水槽にぶつかる前に横にターンっ!
「うわわっ!」
と、エイに夢中だった琥珀はびっくり。
その様子が可愛くて、私も真もつい笑ってしまう。
「もうっ!」
ちょっとだけ頬を膨らませる琥珀。
その様子も可愛らしい。
改めて水槽を覗けば、奥の方まで色とりどりの魚たちが、思いおもいに泳ぎ回っている。
先程まで私たちの目の前にいたエイは、今は私たちを見下ろすかのように悠々と泳いでいた。
コブダイはジロリとこちらに目を遣ったあとは、また水槽の奥の方に戻っている。少しくらいところが好きなのかしら?
大きな影が見えたと思えば、ゆっくりとこちらに泳いでくるサメ。
大きいとは言っても、他の魚に比べると大きいだけ。1mほどもあるだろうか?
なになに・・・ドチザメって言うのね?
へ~・・・おとなしいサメなんてのもいるのね。
ウロコが照明を反射して、きらりと光るアジ。
縦縞模様を見せてくれるのは、タカノハダイ。
そして・・・。
「お姉ちゃんっ!真兄ちゃんっ!その、サンゴの間に、何かいるよ!?」
琥珀の指さす方を見れば、サンゴの間の隙間に、黄色っぽい・・・鋭い歯をした悪そうな顔が見える。
あれは・・・。
「あははっあれはウツボだね。怖い顔だーっ」
真の楽しそうな声と、琥珀の笑顔。
ふたりのはしゃぐ姿が、何というか微笑ましい。
私たちの間に流れている、あのどこか息苦しい空気が、今日だけはどこかへ行ってくれている・・・。そんな気がする。
少し歩けば、また別の水槽。
青く輝く水の奥、群れで泳いでいる魚たち。
「あ、これはマアジね」
目をぱちくりとさせた琥珀が、改めて食い入るように水槽を見て、
「これが、晩御飯で食べるアジ?」
なんて聞いてくる。
その聞き方に、思わずふたりで笑ってしまったけど、そうね・・・泳いでるところなんて見ることないものね。
ちょっとだけ拗ねた琥珀の頭を撫でながら、「そうよ」と褒めてあげると、途端に笑顔に戻る琥珀。
他の水槽には、ミノカサゴやウツボ類、ウミヘビやチョウチョウウオたち。
サンゴも色鮮やかに枝を伸ばし、小さな熱帯の魚たちがまるで花に群がる蝶を思わせる。
水面の底の花園。
魚たちの為の少し暗い照明の下、いっぱいの笑顔を振りまく琥珀。
・・・私は、この子がこんなに笑ってるところを、暫く見てなかったな・・・。
そんな思いに胸が苦しくなり、唇を噛みながら俯いてしまう。
「瑠璃・・・」
小さく呟くような真の声。
そっと触れる彼の右手と、その優しい笑顔。
優しく包むように触れてくれる温かさが、ゆっくりと私の心を溶かしてくれる。
いつもよりも、少しだけ近くに居てくれる真が、とても愛おしい。
少しだけ触れた肩に、思わず身体を預けてしまいたくなる。
喧騒の無い空間。
そこに流れるのは、水の囁き。




