第二十一話-3
バス停から、歩いて少し。
まだ開店したばかりのお店を眺めながら、手を繋いで3人で歩く。
俺は右手で、瑠璃は左手で、琥珀ちゃんの両手を握って笑顔で。
以前、水族館に来たのは、確か小学生の頃だったか。
まだホテルは建設中で、周りの店も無く、寂れた小さい町だったと覚えている。
ホテルの先にある海水浴場。
今でこそ観光客も多いけれど、ちょっと前までは地元の人しか来ないような場所だった。
そんな場所に、昔からある水族館。
建物は綺麗になり、規模も大きくなっているけれど、記憶の中にある水族館だ。
小さな入場ゲートの隣にある、窓口で買うチケット。
そう高くはない白壁の向こう側から、潮と動物の匂いが流れて来る。
多分、大きな街にあるような水族館とは違うのかな。
中に入ってまず目に飛び込んでくるのが、大きなウミガメのプール。
1mほどもあろうかってウミガメが数頭、プールで泳いでいる。
柵越しに見下ろすように見られるけれど、意外と距離が近い。
手をめいっぱい伸ばしても触れられないくらいだけど、もちろんそんな事はしない。万が一、あの口で噛まれたら、結構大きなケガをするかも??
とは言え、少しだけ柵が低いところがあって、その隣には・・・業務用の冷蔵庫?
「真兄ちゃんっ!あれ、カメのエサが入ってるんだよっ!」
俺が首を傾げたのに気が付いたのか、琥珀ちゃんが教えてくれる。
「え?カメにエサ、あげられるの?」
「うん、あの中におさかなの切り身が入ってて、それあげていいんだって」
へえっと感心していると、瑠璃が少しニヤニヤ顔で聞いてくる。
「真、カメにエサあげたいの?」
「えぇっ!?・・・そんな事・・・」
「・・・そんな事?」
俺はちょっと赤い顔をしながら、
「そんな事・・・あるかも」
ぼそりと呟くように。
瑠璃と琥珀ちゃんは顔を見合わせると、アハハッと笑い声をあげる。
「もうっ!いいだ・・・でしょっ!珍しいんだからっ」
「ふふ・・・ごめんごめん。良いんじゃない?私も、見てみたいし」
「うん、あたしも見たいっ!」
ふたりに背中を押されるかたちで、冷蔵庫に向かうけれど、近くで見る冷蔵庫は意外なくらい大きかった。
そのドアを開けてみれば、
「うわっ!!」
中に入っていたのは、お皿に乗った『アジ』の切り身・・・と言うか、ぶつ切り。
頭もしっぽもそのままに、輪切り状態でラップが掛けられている。
まさか、そのままぶつ切りになってるとは・・・。
冷蔵庫の隣にある箱に、お金を入れてからお皿を取り出し、ラップはきちんとゴミ箱へ。
そして、備え付けてあるトングを使って、カメのいるプールに投げてあげる・・・らしい。
さて、とプールに目をやれば、エサを待つカメの姿。
ゆっくりと泳いでいるカメもいるけれど、気が早いのか、それとも要領が良いのか。
切り身をひとつ摘まんで、ひょいっと投げてあげると、落ちた水面の近くにいたカメが、クチバシで器用に咥えている。そのまますいっと潜り、場所を離れれば、次のカメが待っている。
その様子を、キラキラとした目で見つめる琥珀ちゃん。
ちょっとだけ肩を竦めて、俺に笑顔を送ってくれる瑠璃。
ふたつめ、みっつめと投げてやれば、カメはパクリと咥えて、少し離れて食べている。
取り合いなんて起こらない。
順番を譲り合ってるように見えるのは、考え過ぎかな?
「琥珀ちゃんもあげてみる?」
「いいの!?やるやるっ!」
まだふた切れ残ってるお皿から、トングで器用に切り身を取り上げると
「はい、カメさんっ。おさかなだよっ」
と言いつつ、投げてあげる。
残っていたふた切れを投げ終えてみれば、カメたちはそれぞれにさかなを食べ、また悠々とプールの中を泳いでいる。
また別の人がエサをあげる時には、同じように順番待ちをするのだろう。
エサやり体験が出来た琥珀ちゃんは、それは満足そう。
ニコニコ顔で、大きかったね、賢いねと喜んでくれている。
「瑠璃はエサあげなかったけど、良かったの?」
「え?あ、うん。・・・私は・・・いいの」
そう言いながら、少しだけ目を逸らせる。
傍にある水道で、俺と琥珀ちゃんは手を洗う。
お皿に乗っているとはいえ、生魚。
衛生面を考えれば、当然の事。
「お姉ちゃんね。生のおさかな、苦手なんだ・・・」
琥珀ちゃんが、ぽつりと漏らす。
さっきまでの笑顔ではなく、少し影のある顔で。
「・・・そっか」
「・・・うん」
俺は、自身の左手に目をやる。
長い袖に隠れてはいるけれど、その傷は大きく残っている。
あの時の傷は、俺だけじゃなく、瑠璃の心も傷付けているんだな・・・。
琥珀ちゃんも、きっとそれがわかっているんだろう。
だから・・・。
ベンチで待ってくれている瑠璃の元へ、ふたり手を繋いで戻って来た。
少しだけ寂しそうな瑠璃の顔。
その手は、お弁当の入っているバッグを撫でていた。
「お待たせっ」
先程の会話の事は伏せたまま、ふたりで笑顔を作って。
「うん、お帰り」
少し伏し目がちに、でも優しく微笑みながら肩に落ちた髪をすくう瑠璃。
ベンチから立ち上がると、バッグを肩に掛けて琥珀ちゃんの手を取る。
「はい、真兄ちゃんっ」
琥珀ちゃんが空いている方の手を、俺に伸ばす。
つい顔が緩むけれど、小さく頷いてその手を取り、瑠璃に視線を送った。
小さく微笑み、そして頷く。
3人揃って、水族館の本館に向かう。
他のお客さんたちも少なくないけれど、込み合う程ではない。
ゆっくりと見て回れそうだし、それに・・・。
入り口前から少し離れたところに、屋外ステージのような場所がある。
今日は何もないようだけど、イベントがあれば、そこが使われるのだろうか。
そのステージ前には、向かい合わせに座れるように、テーブルとベンチが並んでいる。
「そこでお弁当に出来るわね」
俺の視線に気が付いたのか、瑠璃がそう言ってニコリと笑う。
俺も、琥珀ちゃんも、笑顔で頷く。
そう、お楽しみはまだこの後もあるんだ。




