第二十一話-1
「それじゃ、行ってくるね」
俺は台所にいる母に声を掛けてから、玄関に足を向ける。
普段なら、出掛けるときはラフな格好が多いけれど、今日だけは少しおめかしをしている。
ヘアアイロンでちゃんと巻いた髪を、後ろで束ねて背中に流す。
バルーンスリーブのゆったりとしたアウターに、少し細めのパンツを合わせてみる。
まだ少し風に冷ややかさがあるけれど、下に着たカットソーが丁度良い。
お気に入りのスニーカーを履けば、制服とは違う、少しだけ動きやすさのあるスタイルの出来上がり。
母の詰めてくれたお弁当を、バッグに収めて肩に掛けて玄関を開けると、ふわりとした風が緑の香りをあたりに広げていく。
日は少し高く、足を踏み出せば、砂利を噛む感触が足の裏に広がってくる。
少し大きく息を吸うと、湿り気を含んだ空気が、喉を、肺を満たしてくれた。
「はあぁっ」
と息を吐けば、それだけで心が晴れるよう。
そして、
「行ってらっしゃい。瑠璃ちゃんと琥珀ちゃんと仲良くね」
そう、背中に声が掛かる。
振り返れば、笑顔の母。
俺も、一緒に笑顔を作り、大きく頷く。
「うん、行ってきます」
待ち合わせているのは、いつものバス停。
普段と変わりはないし、大した距離でもないけれど、待ち合わせをするというだけで、何故か特別な気がする。
いつもと同じ場所へ、いつもと違う笑顔で向かう。
それだけで胸が躍り、楽しさに頬が緩んだ。
「・・・なんだろうな、この気持ち」
ふわふわとした、なんとなく足が地に付かないような感覚がむず痒い。
ただ、瑠璃と水族館に出掛けて、お弁当を食べるだけなのに・・・。
一歩足を進める度に、頬が上気したように暖かくなる。
これが・・・
『・・・デートに向かう気分』
・・・なのかな?
バス停までの距離が、いつもよりも短く感じる。
足取りが早い訳でもないのに、気が付けばもう目の前にある。
小さなバス停。
囲いのようなものも無く、ただ雨を遮る・・・だけの屋根がある程度のバス停だけど、今日は特別な場所。
ただ普段と同じように来たはずなのに、胸が躍って仕方がない。
あとは瑠璃と琥珀ちゃんを待つだけ。
この時間だって、途轍もなく楽しい。
目に届く日の光が、少しだけ眩しい。
左手を翳し庇にしていると、目の端に歩く人が見えた。
「あ・・・」
自然と、その人の方に視線が動く。
仲良さそうに、笑いあいながら歩くふたり。
いつも見る制服やジャージ姿とは違う、お出掛け姿のふたりが俺に気が付き、手を振ってくれている。
いつもと同じ・・・いや、晴れやかな笑顔で。
裾の広い薄い紺色のワンピースに、白いパーカーかな?を羽織っている琥珀ちゃん。
そして、白いカットソーに、前合わせのチェックのノースリブワンピース。開けた前裾の間から、黒いスカートとフリルが見える瑠璃。
ふたりとも、今日は特別可愛いんじゃないかな?
俺も笑顔で手を振り返す。
それが合図であるかのように、琥珀ちゃんは小走りに駆け寄ってきた。
「おはようっ!真兄ちゃん」
「おはよう、琥珀ちゃん。今日の服、可愛いね」
俺のその言葉が嬉しかったのか、その場でくるりとひと回り。
ふわりと広がるスカート。
そして、背中側のフードには・・・。
「それって、ウサミミ?」
「そうだよっ可愛いでしょ?」
そう言いつつ大きな笑顔を見せてくれる。
確かに可愛い。
琥珀ちゃんの動きに合わせて、背中の後ろ側で、ウサミミがピョコピョコと跳ねている。
前からだと見えないのが残念だけど、それでもやはり可愛らしい。
「うん、可愛い。琥珀ちゃんの可愛さと相まって、とってもいいよ」
俺は笑顔でそう答える。
えへへと照れたような笑顔の琥珀ちゃんの元へ、瑠璃もやってくる。
いつもよりも少し強めに巻いた髪が、緩やかな風に流れる。
・・・?
いつもよりも、チークが強めなのかな??
ちょっと瑠璃らしくないな。
でも、そんな瑠璃も可愛らしい。
「おはよう、瑠璃」
「うん、おはよう・・・真」
いつもの挨拶なのに、少しだけ目を逸らしてしまう瑠璃。
ちょっと俯いて、ワンピースの裾を指先で触っている。
何というか、その仕草が微笑ましくて、つい頬が緩んでしまう。
「瑠璃」
「ん?」
「今日は、特別可愛いね」
「~~!!」
あはは、真っ赤になっちゃった。
やっぱり普段の瑠璃と比べちゃうけど、今日は少し浮ついてるのかな。
ま、それは俺もか。
ついつい、頬の緩みを感じてしまう。
「でしょ?お姉ちゃん、今日は特別気合入れてたんだよ」
と琥珀ちゃんも、ニコニコ顔で追い打ちを掛けると、
「~~~!!」
言葉に出来ない位に真っ赤になって、思わず顔を隠してしまう。
ダメだな。
可愛くて仕方がない。
見ているだけで、こっちまで照れてしまう。
・・・早くバス来ないかな・・・。
なんて考えているからか、いつもなら10分以上遅れるバスが、今日は5分と遅れずに姿を現す。




