第二十話-5
私が、真から剣道も未来も奪ったから、私は自らの人生を彼に捧げた・・・。
そう自分で信じていただけで、彼を縛り付けていたの・・・。
真に、『私を頼って』なんて、よくも言えたもの・・・。
左手の自由を失い、その身が女の子になって、過去も現在も何もかもグチャグチャになった真に寄り添うフリをして、ただ自分の気持ちを押し付けていただけ・・・。
私は動けない。
琥珀の前に居るのに、真がデートに誘ってくれたのに、身体が動かない。
私がどれだけ身勝手なのか。
琥珀は、そして真も、表面には出さないだけで、心の中では思っているんだろうな・・・。
「お姉ちゃん」
琥珀の声を聞くのが怖い。
こんな身勝手で浅ましい、独占欲で人を縛る付けるような女が身内だなんて、信じたくないだろうに・・・。
それでも、琥珀の声は優しい。
にもかかわらず、声を聞くたびに、私の身体は竦むように震える。
奥歯を噛みしめ、焦点の合わない目で琥珀の膝を見つけていた。
「ねえ、お姉ちゃん」
改めて、琥珀は問い掛ける。
「今日のデートは、真兄ちゃんが誘ってくれたんだよね?」
その優しい声に誘われるように、私は目を上げ、琥珀と向き合う。
目を細め、笑顔を見せてくれる琥珀。
「・・・それとも、お姉ちゃんが誘ったの?」
「・・・それは・・・真から・・・だよ。あ、でもっ!・・・私が、『真の作ったお弁当食べたい』ってゴネたから、それで・・・」
そう、私がゴネたから、真は誘ってくれたんだ。
多分、それ以上でもそれ以下でもない・・・。
というか、高校生にもなってゴネるとか・・・情けない・・・。
それでも、琥珀は笑顔を崩さない。
優しいまま、言葉を紡ぐ。
「真兄ちゃんって、お料理得意なの?今日は、お弁当作ってくれるんでしょ?」
「・・・真は、『始めたばかりだから、上手に出来ない』って言ってたけど、でも・・・私の為に頑張ってるって言われたら・・・嬉しいじゃない・・・」
少しだけ、琥珀の目に驚きが浮かんだ。
でもそれはすぐに消えて、またいつもの愛らしい笑顔に戻る。
なんとなく、口元が緩んでる気もするけど・・・。
「そっかーっ。お姉ちゃんの為に、真兄ちゃんはお料理頑張ってるんだね。・・・このあいだ言ってた、『卵焼き』は美味しかったんでしょ?」
「もちろんよっ!・・・真が、私に食べて貰いたい、喜んで貰いたいって願いながら作ってくれたんだからっ!・・・美味しいに決まってるじゃない」
琥珀は少しだけ笑う。「ふふんっ」と悪戯っぽい色を浮かべながら、楽しそうに。
「そうだよね。『お姉ちゃんの為』に『真兄ちゃんが頑張って』作ってくれたんだもんね」
「・・・そうよ」
「それが答えじゃんっ」
え?
答え?
「そうだよ。真兄ちゃんは、お姉ちゃんと一緒に居たいから、お料理頑張ってるんだよ。お姉ちゃんと一緒に居たいから、今日だって誘ってくれたんだよ」
「・・・」
「良かったね、お姉ちゃんっ!」
・・・何を言ってるの、琥珀?
真は優しいから、私の為に料理を頑張ってくれてて。
私は、それが嬉しくて・・・みんなに自慢しちゃって。
今日だって、私の我儘を真が聞いてくれただけで、だからって、私が真の隣に居て良い理由には・・・。
・・・私が真の隣に居て良いのは、真の手助けをする為で。
真がひとりで何でも出来るようになったら、私は・・・。
それでも、私は・・・真の隣に居て良いの・・・かな?
「ねえ、お姉ちゃん?」
まだ心の中が騒がしい私を見ながら、琥珀はゆっくりと口を開く。
いつものような愛らしい、歳相応の笑顔で。
「あたしね?将来、理学療法士?・・・を目指そうかと思ってるの」
「・・・え?」
突然の事で、琥珀が何を言っているのか、私には良く判らなかった。
というか、理学療法士?
病院で、リハビリとかに携わる、あの?
琥珀は小さく頷き、言葉を続ける。
「・・・あたしが理学療法士になっても、真兄ちゃんの手を治してはあげられないけど、同じような人の助けにはなるでしょ?それは・・・真兄ちゃんだって、喜んでくれるんじゃないかな?自分に重ねるのは、辛いかもしれないけど」
それは・・・。
きっと真なら喜ぶだろう。
自分の怪我を見て、琥珀が人の役に立とうと願うのであれば、それだけでもきっとこの上ない喜びだ。
真にとって、それはどれほどに心強い事か。
私にとってもそうだ。
私なんかよりもよっぽど優秀なのに、怠惰だった琥珀が、目標を持ってくれた。
将来への夢を、人の役に立つという目標を持ってくれたのが、これ程に嬉しく思えるなんて・・・。
でも、それは同時に、私というものの価値の無さを突きつけられる事。
私は、真が怪我をした時に、そんな事を考える事さえ出来なかった。
真の事が大事と言いながら、なんて情けない・・・。
「でね?もし、ちゃんと理学療法士になれたら、少しは真兄ちゃんの役に立てるようになれるでしょ?近くにそんな人が居れば、真兄ちゃんだって安心かなって思うの」
ああ、それで一緒に・・・か。
確かに、琥珀が医療系に進んで知識を持てば、それは真にとってとても大きな安心になるに違いない。
でも、そうなると・・・
私は、真に何をしてあげられるのだろう。
その答えは・・・まだ、ない。
けれど、ひとつだけ判る事がある。
私は、真が怪我をしたから隣に居るんじゃない。
真の隣に居たいからいるんだ。
そして、真にも、同じように思って欲しいと願ってる。
ちゃんと言葉にしたいと思った事もあるけれど、勇気が無くて出来なかった。
そのまま時が流れてしまったけれど、ちゃんと言葉にしよう。
『あなたの事が好き』だって・・・。
その言葉を言わない限り、私は先に進めない気がするから。
「・・・琥珀?」
「ん?なぁに?お姉ちゃん」
私は、目の前の妹の頬に手を伸ばす。
まだ幼さの残る顔だち。
柔らかな頬の感触。
私と違い、柔らかでふわっとした髪。
どれも、とても可愛らしく愛おしい。
そして、決意の籠った瞳は、まっすぐに私の心を射貫く。
きっとまだ時間は掛かるけど、私も過去だけに捕らわれず、未来へと歩を進めよう。
大丈夫。
真と琥珀が、きっと一緒に歩いてくれるから。
だから、大丈夫。
「そろそろ準備しましょう?メイクもしてあげるから、顔洗ってらっしゃい」
「うんっ!!」
弾けるような笑顔で答える琥珀。
パタパタと足音が遠ざかり、部屋には私ひとりが残される。
「・・・ありがとう、琥珀」




