第二十話-4
「明るくて元気で、皆に好かれて。きっと、あの怪我が無ければ、彼女の何人かいたんじゃないかな・・・。私なんかが隣に居なくても、きっと幸せがあったのよ。・・・そうよ、私が居たから・・・」
自分で話しながら、胃のあたりが締め付けられるような不快感が沸き上がって来る。
最後のあたりは、もう消え入るような声で、呻き呟くような声で・・・。
それでも、私は逃げない。
逃げるなんて、許されないだろうから。
「私が、真の人生を狂わせたの。未来も何もかも、私が奪ったの。・・・だから・・・」
琥珀は何も答えない。
ただ、私の顔を見詰めながら、表情ひとつ崩さず、黙って聞いていた。
「私は、私の人生で真に償うの。真が私を必要としなくなるまで、私は真を支えるの」
琥珀の目が、じっと私を見ている。
責めるでもなく、ただ真っ直ぐに。
それが、余計に苦しい。
「そんなところに、琥珀は来ちゃダメなの」
震える声で、それでもはっきりと。
「琥珀には、もっと普通の・・・友達と遊んで、好きな人を作って、いろんな経験をして欲しいの。あなたの世界を、狭めて欲しくないの。・・・私みたいに、ならないで欲しいの」
言い終わると、目の奥に熱が集まったように痛みが広がった。
喉の痛みも、胸の奥から沸き上がる不快感も、まるで身体中に広がるかのよう・・・。
でも、これで・・・。
琥珀なら判ってくれるはず。
この聡い子なら、きっと・・・。
琥珀の表情が僅かに緩み、小さく息を吐く。
「・・・お姉ちゃん」
私の目を見つめながら、静かにゆっくりと。私に語り掛ける様に。
そして少しだけ微笑むと、小さく頷く。
ああ、判ってくれたんだ。
張りつめていた心の糸が、僅かに緩んだように感じた。
これで安心できる、そう思った途端。
「はぁあああああぁ・・・」
と矢鱈と大きな溜息を吐かれてしまった。
何事かと驚いて琥珀を見れば、やや呆れたような目で私を見ている。
がっくりと肩を落とし、少し猫背気味な琥珀。
私がまばたきをしている間に、また小さく息を吐いて背筋を伸ばす。
そして・・・。
「あたし思ってたんだけど、・・・お姉ちゃんって時々馬鹿になるよねー?」
面と向かって、いきなりそんな事を言われてしまう。
私はと言えば、鳩が豆鉄砲でも食らったように、呆気に取られている。
そして、私が正気に戻る前に、琥珀が口を開く。
「お姉ちゃんさ、真兄ちゃんが怪我しなかったら剣道続けてたって言うけど、それ真兄ちゃんから聞いた?もし、お姉ちゃんを助けず、お姉ちゃんが怪我してたら、真兄ちゃんは剣道続けてたと思う?どう??」
「え?・・・ええっ??」
琥珀の問いに、私は答えられない。
それはそうだ。真にそんな事、聞いた事無いもの。
琥珀はさらに続ける。
「もし、お姉ちゃんが石垣から蜜柑の木に落ちて、・・・そうね、例えば顔や目に大きな怪我を負って、傷を隠して逃げたり隠れたりしてるのを、真兄ちゃんは放って置いて剣道に熱中するような人かな?」
それは・・・
「真は・・・そんなことしない・・・わね」
する訳がない。
真ならむしろ、助けられなかった事を謝り、揶揄する人を諫め、諭し、それでもやめなければきっと私を守る為に行動するだろう。そして、私の傍に寄り添って、自分の事を後回しにしても尽くしてくれる。
彼なら、きっとそうする。
「うん、そうだよね」
琥珀も、良い笑顔で同意してくれる。
そうだ、真が怪我をした私を放って置く訳がない。
それくらいは、私にだって判る。
「怪我した人を放って置くような人だったら、お姉ちゃんが好きになる訳ないもんね。・・・それに、真兄ちゃんは、お姉ちゃんが怪我したら、義務感で傍に居てくれるような人なの?」
「・・・そんな訳ないでしょ?もし私がそんな大怪我したら、『来ないで』って言ったって世話焼きに来るわよ?私が外に出たがらなかったら、『じゃあ、家で遊べるように』って何か考えてくれるわ」
そう、真なら私の事を第一に考えてくれる。
そこに疑いを挟む余地などない。だって、小さい頃からずっとそうだったもの。
琥珀はまた小さく頷く。
そして、
「じゃあ、そこに剣道をやる時間なんてある?」
その言葉が、私の心に刃を突き立てる。
私が真の隣に居られる理由。
真の未来を、望みを壊してしまったからという、贖罪の原点。
・・・それはきっと、私の考えの核心。
真にとって、私よりも剣道を優先する理由は・・・。
それは・・・。
・・・
「・・・多分、ない・・・」
私の声は、消えそうな程に小さく、そして弱々しかった。
俯き、肩を落として・・・小さく丸まってしまうのではないかと言う程に。
ラグに置いた手を弱く握り、震える様に重ねる。
ふわふわと、頭が熱を持ったように揺れ動き、視点が定まらない。
琥珀の顔が、身体が横に揺れ、上下に振り回されるような・・・まるで、宙を舞うような・・・。
鳩尾を押し上げられるような感覚が、止まらない・・・。
真が、剣道よりも私の事を優先するなんて、わかりきった事だったはず。
でも、それを認めてしまえば、私は、真の隣に居る意味を失ってしまう・・・。
・・・そうだ、私は、元々真の隣に居られる訳が無いんだ。
真は優しくて、努力家でカッコよくて、誰からも好かれていた。
友達だって多かった。
私みたいな、がさつで乱暴で女らしさとは無縁な女と、釣り合う訳がない。
そんなの、わかりきってた事じゃない。
真の事が好きな子は、何人もいた。
その子たちから、『真くんと幼馴染だなんて羨ましい』と言われた事だってある。
『私だって、小さい頃から真くんと一緒が良かった』なんて、羨ましがられた事だってある。
でも、それはただの偶然。
真が私を選んでくれた訳じゃない。
あの事故が無ければ、私は真の隣に居られなかった・・・。
きっと、私以外の誰かが真に告白して。
真はそれに応えて。
その誰かに、寄り添って未来へ進んでいったはずなんだ。
私は、ただの幼馴染でしかなかったはずなんだ。




