第二十話-3
本当は真の怪我の事だって、私が原因な事だって、自分から琥珀に伝えなければいけなかったんだ。
でも、私はそれをしなかった。
まだ小学校に上がったばかりの琥珀には言えなかったし、言うのが怖かった。
『お姉ちゃんのせいで、真兄ちゃんが怪我した』
そう言われるのが怖かった。
普段接する中でも、その事を琥珀が知ってると思うのが怖かった。
琥珀の聡い目が、言外に伝えて来るのが・・・怖かったんだ。
そして真への罪悪感だけじゃなく、傍に居る理由が出来た事で、琥珀の事を後回しにし続けて来た事を責められるのが怖かったんだ。
気が付けば、私は琥珀を抱きしめていた。
私は・・・。
私は、多分おかしいんだ。
真が好きなのは、昔から。
大怪我をさせてしまった事実があっても、だからって家族や妹を蔑ろにして良い道理なんてありはしない。
そんな事は判ってる。
判っててもなお、私は真の傍に居る事を選んできた。
親を心配させ、妹に不満を持たせ、周りから不審な目で見られる事を、自ら選んできた。
普通である事よりも、私は真と一緒に居る事を選んできたんだ。
・・・
多分、真が大怪我をした時に、私も・・・壊れてたんだ。
琥珀は・・・その聡い目で、私が壊れてる事を気付いていたんだな・・・。
知らないフリをして、私の負担にならないようにして。
ずっと見て、ずっと考えて、ずっと気遣ってくれてたんだ。
私なんかよりずっと大人だね、琥珀は。
あーぁ・・・。
私は、本当にダメだ。
「・・・お姉ちゃん」
「・・・何?琥珀」
「あたしね?お姉ちゃんが、真兄ちゃんの事大事にしてて、良かったって思ってるよ?」
「・・・」
自分の事を後回しにしてきた姉なのに・・・。
「お姉ちゃんが、人の痛みの判る人で良かったよ?」
私は、そんなに立派な姉じゃないのに・・・。
「お姉ちゃんが、真兄ちゃんとこれからも一緒にいるなら・・・」
琥珀・・・。
「あたしも一緒に居て良いって事だよね??お姉ちゃんとあたしと、真兄ちゃんの3人で暮らせば、みんな幸せだよねー?」
「そうね・・・うん、そう・・・」
え?
私の思考がそこで止まる。
一緒に?
私と真が一緒に?
うん、そこは判る。私もそれは望んでる。昔っからの望みだもの、否定なんてする訳が無い。
でも、琥珀も一緒?
私と真の関係の中に、琥珀も入るの?
それは・・・。
「琥珀・・・それは・・・」
「?・・・お姉ちゃん?」
私は、大きく息を吸い込み、一息に吐く。
そして琥珀の手を私の両の手を包み、まっすぐに目を見据えた。
口を開き、ひと言・・・が言えない。
動悸が跳ねあがり、身震いがする。
『正しく』ひと言を言えば、それは琥珀を拒絶するのと同様になるのではないか・・・?
そんな声が、私の心の中から響いてくる。
そして同様に、
『まだ子供なんだから、適当な約束しても忘れるわ』
そんな声も聞こえてくる。
そう・・・なのかな?
そうなら良いのに・・・。
そうであって欲しい。
「そう・・・」
声を出し始めて、はっと我に返り、そのまま一度口を噤む。
そんな訳ないっ!
琥珀の未来が、私なんかと同じで良いはずがない。
この子には・・・琥珀には、もっといろんな人と出会い、別れ、経験をして、自分で答えを見つけて欲しい。自分の人生を、可能性を広げて欲しい。
私みたいに、ひとつの切っ掛けで歪んで欲しくない。
だから・・・。
「琥珀・・・よく聞いて・・・」
ちゃんと話そう。
そして、ダメな姉なりに、ちゃんと琥珀に嫌われよう・・・。
琥珀には、琥珀の人生を生きて欲しいから。
少しだけ握る手に力を籠める。
それでも僅かに目が泳ぎ、喉が声を出す事否む。
口を開いても、出すべき言葉が出て来ない・・・。
私は、胃が圧し潰されるような強張りを感じながらも、必死に声を出そうとする。
「琥珀・・・あのね・・・それは、お姉ちゃん、賛成出来ないな・・・」
額に汗を浮かべてまでして、声に出来たのは、それだけだった。
琥珀の気持ちを考えれば、受け入れたい。
琥珀の喜ぶ顔が見たい。今まで構ってあげられなかった分、真と一緒に琥珀を甘やかしてあげたい。遊んであげたい・・・。
でも。
私の歪な世界に、琥珀を巻き込みたくはない。
琥珀の表情が、少しだけ固まる。
それでも、先ほどまでの笑みは消えてはいない。
まるで、私が否というのを知っていたかのように。
「・・・そっか」
短いひと言。
暗さの無い、ただ普通のひと言。
私の胸の奥に、何かで引き裂かれたかのような鋭い痛みが走った。
琥珀には、私の様に壊れて欲しくはない。
けれど、家族なのに溝が出来るのも、私には耐えられないかもしれない。
それでも・・・。
「ごめんね、琥珀。あなたには、私みたいに狂って欲しくないの」
私は言葉を続けた。
続けなければならなかった。
私の罪を、琥珀には知って貰わなければいけない。
私の様にならない為に。
「私はね、真の人生を狂わせちゃったの。私のせいで、真に大怪我をさせて、大好きだった剣道も出来無くしちゃって」
「・・・」
僅かに琥珀の目元が動く。
まるで引き攣ったかのように・・・。
「あの怪我が無ければ、今でも真は剣道を頑張ってたわ。中学総体、インターハイ、それから全日本の大会だって、真は進めたかもしれない。あれだけ熱中してんだもの・・・きっと真にとっては、剣道は人生の一部だったのよ。・・・私は、それを奪ったの」
「・・・」
「それに、勉強だってそうよ。怪我をする前は、成績だって良かった。やる気だってあったし、努力してたのも知ってる。でも、入院してリハビリもあって、どんどん勉強が遅れちゃって・・・。私が隣で教えたって、どれだけの事が出来たか・・・」
琥珀は、黙ったまま話を聞いていた。
ただ時折、
「・・・お姉ちゃん」
と小さく呟きながら。




