第二十話-2
「琥珀ーっ?もうそろそろ起きなさいっ!・・・もう、琥珀ってばっ」
私は朝から、妹の布団と格闘中だ。
頭から布団を被って丸まっている妹、琥珀。
面倒くさがりで寝坊助で、好きなものと言えば布団と真。
昔っから、『真兄ちゃんか布団と結婚する』なんて言うくらいだから、相当布団が好きなんだと思う。
学校では、テストは大体満点。スポーツをやらせれば、部活をやってる子並みに出来る。にもかかわらず、『面倒くさい』というひと言で逃げ回り、運動部の誘いを断り、文芸部では幽霊部員。
平日は仕方ないと言いつつ、土日の休みは朝寝に勤しむ私の妹。
普段はもう『仕方ない』と諦めるとしても、流石に今日は放っては置けない。
何が何でも起こさければならない。
今日は、真と一緒に出掛ける日。
真と一緒に水族館に行って、真が作ってくれたお弁当を食べる日。
真が『デートしよう』って言ってくれた、特別な日。
そもそも、『真兄ちゃんを独り占めしてる』って言ったのは、この布団にくるまってる琥珀なのに。
確かに、琥珀と一緒に遊べてないって思いもあって、3人で出掛けようって言ったし、琥珀も楽しみにしてたくせに。
「・・・なんで起きないのよ、この子・・・」
はあ、と息を吐いて、私は掛け布団に突っ伏す。
琥珀の匂いのついた布団。
小さい頃は怖がりで、夜はいつも一緒に寝てたのを覚えている。
並べて敷いた布団なのに、いつの間にか私の布団に潜り込んで抱き着いて寝てる、なんて日常茶飯事だった。
「・・・なんだか、久し振りだわ・・・」
真が大怪我をしてからは、そんな事も無くなってしまっていた。
布団の向こう側からは、規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
・・・そうね。昔から、変わらないわね・・・。
真が入院している間は、学校から帰った後、面会時間ぎりぎりまで病室で勉強を教えてあげていた。
退院した後も、リハビリの時には付き添って隣で応援していた。
それからも、私は真に付きっ切り。
朝から晩まで、私は真の隣にいた。
それは今でも変わらない。
そう考えてみれば、私は琥珀と遊んであげる事も、十分にはやっていないんだ。
琥珀は、私という姉をどう見ているんだろうか・・・。
普段は、家族として普通に接してくれているけれど、本当のところはどうなんだろうか。
一緒にゲームをする事もあるけど、私はあまり上手じゃないし。
勉強は、教えなくても大体出来るんだし。
『真がクッキー好きだから』って、一緒に作る事はあるけれど、これだって『真』の為であって、私と一緒に作りたい訳じゃないかもしれない。
今日の事だってそうだ。
琥珀と『真を誘って一緒に出掛けよう』って約束したのは、もう1か月も前になるだろうか。
土日や連休だって、全部の日に用事や蜜柑山の手入れがあった訳じゃないのに、これだけ時間が掛かってしまった。
しかも、誘ってくれたのは真の方。
私からじゃない。
・・・正直、琥珀に愛想を尽かされていたって、不思議じゃないくらいだろう。
『お姉ちゃんって、あたしの事全然見ないよね』って言われたっておかしくないんじゃないかな・・・。
少しだけ目元が熱くなり、布団に顔を押し付ける。
そしてそのまま布団越しに琥珀を抱きしめて、
「ごめんね・・・ダメなお姉ちゃんで・・・」
つい、呟いてしまった。
規則正しかった呼吸音が僅かに止まる。
琥珀の布団を掴む手に力が籠り、
「ぷはぁっ!!」
という声と共に、布団を跳ね除ける。
完全に油断していた私は、ベッドからずり落ち、ラグマットの上に尻もちをついた。
そこに琥珀が布団と一緒に飛んで来て、私を布団で包んでしまった。
「へへ~っ。お姉ちゃん、捕まえたーっ!」
「ちょっ!琥珀っ?何してんの!?」
視界を遮られ、布団の上から両腕が動かないように抱きしめられてしまえば、私でもなんとも出来ない。
ただ、足をバタバタさせて藻掻くのみ。
布団の中からは、琥珀の様子は判らない。
それでも、琥珀の匂いに包まれ、抱きしめられ、つい懐かしさが蘇る。
『そういえば、よくこんな事してたな・・・』
まだ琥珀が小さい頃、よく布団に包まって遊んでいたのを思い出す。
布団の中で『ダンゴムシ』みたいに丸まってみたり、敷布団の端から巻かれて簀巻きになってみたり・・・。
そんな琥珀を、私はよく抱きしめていたっけ。
・・・懐かしいな。
こんなに懐かしく思う程、私は琥珀に構ってあげてなかった・・・という事なんだろうな。
それだけで、私がどれだけ薄情な姉かという事が判る。
『本当、ダメな姉だ・・・』
バタついていた足を止め、少し俯き気味になった私を、琥珀は布団越しに強く抱きしめる。
そして小さく、
「お姉ちゃん・・・ありがとう」
そう呟く。
「真兄ちゃんとのお出掛けに、あたしも連れて行ってくれて・・・すっごく嬉しいの」
布団を挟んで、琥珀が抱き着いて来ているのが判る。
その両の腕に抱かれ、思わず肩の力が抜けた。
「・・・琥珀?」
布団に包まれ、くぐもった声ではあるけれど、私は琥珀の名を呼ぶ。
琥珀は、私の事を見放してないの・・・?
「お姉ちゃん、本当は真兄ちゃんとふたりで出掛けたいよね?でも、あたしとの約束を大事にしてくれて、一緒に行こうって言ってくれたんだよね?」
「・・・」
「知ってるよ。お姉ちゃんが、真兄ちゃんの事好きなの。・・・昔っから知ってる」
「・・・」
「真兄ちゃんが大きな怪我したの、聞いたよ。お姉ちゃんを守る為に大怪我して、左手が不自由になったんだね」
「・・・」
「だから、お姉ちゃんはずっと真兄ちゃんの隣に居たんだよね。・・・大丈夫、判ってるから・・・」
私を抱きしめていた腕の力が抜け、布団が落ちて、琥珀の顔が見えた。
瞳に少し涙を浮かべながら、口を一文字に結んで・・・。肩を震わせながら、私の両手を取る。
「・・・ごめんね」
私は、それだけしか言えなかった。




