第十九話-4
そこまで言ったあたりで、琢磨の口が止まる。
そして視線が、如月くんの、さらに私の後ろに向けられる。
抱き着いた柚葉ちゃん越しに振り向いてみれば、そこには、
「でもさ、もうひとつ録画があれば、祐也が暴行を加えてない証拠になるだろ?」
スマホを片手に歩いてくる人影。
・・・ふたり並んで、ゆっくりと。
「加賀さん?」
「おう、恵介。サンキューな」
如月くんの友達、加賀さん。そして隣には、
「無茶すると思ったけど、本当に危なかったでしょ?・・・ちゃんと他の人も頼りなよ?」
「綾香さん・・・。え?でも、どうして加賀さんと?」
その疑問に、綾香さんは加賀さんの腕に抱き着き、笑いながら、
「恵介は幼馴染だからね。お好み焼きおごる約束で、手伝って貰ったのよ」
「・・・そういう事」
加賀さんも少し苦笑いしながら、軽く答えてくれた。
少しだけ空気が緩んだけれど、琢磨はまだそこに居る。
歯噛みをし、私に対して明確な敵意を向けているけれど、如月くんも加賀さんも、琢磨にスマホを向けたまま動かない。
私もまだ録音は止めてない。
ここからまだ逆転を狙える?
私に向かって突進しても、如月くんに止められるし、加賀さんが証拠を撮ってる。
逃げ場は・・・走っても、如月くんか加賀さんのどちらかに捕まる。
流石に、これで詰み・・・かな。
でも、わたしだけじゃこの状況は作れませんでしたね。
瑠璃ちゃん、真ちゃんが如月くんを呼んでくれて。
証拠を押さえ逃げ場を奪うために、如月くんもぎりぎりまで我慢してくれて。
柚葉ちゃんにはどれだけ心配して貰ったのかな・・・。
それに、綾香さんはダメ押しの援軍を加賀さんに頼んでくれた。
ああ・・・。
私、ダメな子だなぁ・・・。
少し俯いて、柚葉ちゃんの背を抱きしめる。
こんなに泣いて、心配させちゃって・・・。
こんな姿、見たくなかったのにな。
頬を涙が伝い、柚葉ちゃんの頬を濡らす。
「さて、どうするよ。・・・大人しく職員室で事情聞かれるか、それとも出るとこ出るか?なあ、琢磨?」
如月くんは、琢磨から目を離さず姿勢を変える。
片膝立ちになり、いつでも飛び掛かれるように。
それでも琢磨はまだ引かない。
「・・・俺は碧さんに手を出しちゃいない。怪我だってさせてないぜ?・・・でも、いろいろ絵は撮られてるから、今後碧さんには近づかない。それで手を打たないか?」
そんな口約束・・・。
乗れる訳がない。
「・・・ふざけないでっ!私を脅して、柚葉ちゃんに嫌な思いをさせて、他にも何人の女の子泣かせてるの?・・・許せる訳ないじゃない・・・ふざけないでよ・・・」
最初こそ大きな声を出せたものの、次第に消え入りそうな声で私は叫ぶ。
涙が溢れて止まらない。
身体の震えだって、柚葉ちゃんの涙だって、全然止まらない。
なのに、なんで琢磨だけ逃げられると思うのよ・・・。
なんで・・・。
本性を知らなかったとは言え、なんでこんな奴を・・・私は・・・。
如月くんも、加賀さんも、綾香さんも小さく頷いただけ。
琢磨も観念したのか、もうそれ以上は口を開かなかった。
結局、琢磨は如月くんと加賀さんが、職員室へと連れて行った。
私と柚葉ちゃん、綾香さんの3人は、まだ屋上に居る。
吹き抜ける風も弱まり、日もかなり傾いたけど、私たちはまだ動けない。
柚葉ちゃんは私に抱き着いたままだし、綾香さんは「腰が抜けた」とへたりこんでしまった。
でも、それは私も一緒。
全然動けない。
足に力が入らなくて、立ち上がる事さえ出来ないでいる。
それも、3人揃って。
でも・・・。
「ふふっ・・・あははっ」
何故か笑ってしまう。
今日の事を考えれば、笑えるような事なんて何ひとつ無い。
仲直り出来たとはいえ、柚葉ちゃんを傷つけてしまったし、琢磨の事だって思い出させてしまった。
綾香さんに至っては、完全に私が巻き込んだ貰い事故状態。
他の学校の友達の事があるにせよ、早めに手を引いても良かったはずなのに、加賀さんという援軍まで連れて来てくれた。
如月くんも、瑠璃ちゃんと真ちゃんからお願いされたと言っても、助けてくれただけじゃなく、最後は私に変わって矢面に立ってくれた。
もう、どれだけ感謝しても足りる訳はないし、謝って謝り足りる訳はないのに。
笑っている場合じゃないはずなのに。
何なんでしょう・・・。
それでも、柚葉ちゃんも綾香さんも、顔を見合わせた後で一緒に笑ってくれる。
3人で屋上に寝転んで、ずっと笑っていた。
この後、恐らくは職員室に呼び出されるだろう。
親だって呼び出されて、怒られるか、それとも注意で済むか。それは判らないけど、いろいろしなくちゃいけない事はあるはず。
どう考えても憂鬱なはずだけど、私たちは笑う。
笑うんだ。
・・・
月曜日。
いつものように、校門の前で人を待つ。
背中を壁に預けて、ゆっくりと空を見上げる。
皐月晴れの空は雲も少なく、天蓋は抜ける程に青い。
乾いた風が足元を吹き抜け、スカートの裾を揺らす。
歩いて来る生徒たちの視線を、私は一身に受けるけれど、その視線も心地良い。
ちょっと癖のある髪は、内側だけをビビッドカラーの赤に。
サイドの髪は耳に掛からないよう、編み込んで後ろに流している。
耳には青色のピアス。
・・・開けたばかりだから、ちょっとだけ痛い。でも、ちゃんと消毒はしてる。
襟元を開けた大きめのシャツは、裾まで出しているし、袖だって折り上げている。
スカートは3つ折り。ぎりぎり『見えない』くらいだけど、可愛いから良いかな?
カーディガンだって腰に巻いて、ウェストをちょっと絞ってる。
先週までとは、全然違う私。
優等生だった私は、もうそこには居ない。
居るのは、自分の好きなモノに素直になった私。
そして・・・。
坂をゆっくりと歩きながら登ってくる。
新たに眼鏡を掛けて、文学少女風になった柚葉ちゃん。
彼女の耳元には、お揃いのデザインの赤いピアス。
それは、私たちの約束の証。




