第十九話-1
「やっぱり、付いて行った方が良いんじゃないかなぁ・・・」
先程の様子と変わらず、柚葉ちゃんはまだ心配が先にある。
手紙に書いてあった場所は、学校の屋上。
呼び出しの場所としては、定番中の定番。
普段から人は居ないし、放課後ともなれば猶の事、誰も来ることは無い。
そう、誰も居ない。
誰も助けてはくれない場所。
何かあれば、問題しか起こらないようなところ。
そこで『良いの人の仮面』を被った問題児と相対するなど、普通に考えて怖いと思う。
私だって、本音を言えば怖い。
行きたくないし、会いたくもない。
でも、断らなければ、また暫くして接触してくるかもしれない。
その時は、今よりも直接的に、強引な接触かもしれない。
そんなリスクを、そのまま放置なんかしたくない。
だから、わざわざ行く。
あの『良い人の仮面』に惑わされないよう、心を決めて・・・。
「大丈夫っ!柚葉ちゃんたちがメイクしてくれたから、私、今勇気いっぱいだもの。ちゃちゃっと断って、すぐ帰って来るから」
私の服の裾を握って離そうとしない柚葉ちゃんに、わざとらしくでも笑ってみせる。
ギャルっぽく口元でピースして見せ、出来る限りの笑顔を作って。
「でも・・・」
それでも、やはり心配は消えないのでしょうね。
俯き気味になりながら、小さく呟く。
「・・・何かあってからじゃ、遅いんだよ?」
それは・・・。
確かに、それはその通り。
普通であれば、学校で何か直接的な事に及ぶとは考えにくい。
でも、それがひと気のない場所だったら?
手を掴まれたりされれば?
公に出来なければ、何も起こってないのと一緒になってしまう。
柚葉ちゃんの心配は、よく判る。
逆の立場だったら、私だって止めたと思うもの。
でも、私は行く。
ふたりに貰った勇気を着て、過去の自分の甘さのケジメを付ける為に。
「ねえ、柚葉ちゃん」
まだ俯いている彼女に、私は話しかける。
視線を上げるだけで答えてくれる柚葉ちゃん。
うん、今はそれだけで十分。
「私ね、ピアス開けようと思ってるの。・・・今度の日曜日に、一緒に選んで欲しいんだけど、どうかな?」
「・・・え?」
こんな時に何を・・・と言いたげな瞳。
でも、柚葉ちゃんは私を見てくれた。
見てくれたからこそ、私は笑える。柚葉ちゃんと一緒に、笑っていたいと思える。
「やっぱり、ギャルになるならピアスって必要だと思うの。でも、勇気が出なくて・・・。だから、お願い。柚葉ちゃんも一緒に選んで?」
『唖然とした』というのは、今の柚葉ちゃんのような事を言うのかな?
驚いたような瞳で、僅かに口元が緩む。
握っていた手の力が抜け、服の裾を離してくれた。
その手を取って、お互いの胸の前でしっかりと握り、彼女の瞳を正面から見つめ、ゆっくりと微笑みながらもう一度言葉にして伝える。
「ね?一緒に行こう?」
握った手に少し力が籠り、肩を竦めながら笑顔を見せてくれる。
そして小さく頷き、
「うん、一緒に行こうね。約束だよ」
そう言いつつ笑ってくれる。
それだけの事が、何故こんなにも嬉しいのでしょう・・・。
もう一度、柚葉ちゃんの笑顔を見て、改めて柚葉ちゃんと綾香さんに、
「行ってきますね」
そう告げる。
スマホを触っていた綾香さんも顔を上げ、歯を見せて笑ってくれた。
私も歯を見せて笑ってみせる。
普段と違う私って、やっぱり楽しいですね。
でも、楽しいだけじゃダメ。
ここからは、厳しく・・・。
それでも、柚葉ちゃんと綾香さんに笑いかけて踵を返す。
教室を後にした時、山の端に日が差した。
・・・
放課後の廊下。
大半の生徒は帰るか、もしくは部活などに向かいはしたが、校舎内にも残っている。
歩けば、すぐに数人とすれ違う。
ある人はひとりで。ある人は友人と連れ立って。
そして、ある人は恋人と共に。
けれど、私を見れば皆同じ顔をする。
軽く目を向け、元に戻ろうとしてもう一度見直し、その瞳に一瞬驚きを宿して、小さく声無く驚きを叫ぶ。
その顔々を軽く横目で流し見ながら、いつもよりも力強く歩を進める。
軽く手を握り、小走りにならない程度に強く床を蹴って、スカートを翻した。
すれ違う誰も彼もが、私を見る。
今までと違う私を。
自然と笑みが零れ、『気持ちが躍る』とはこういう事かと実感が湧いてきた。
不思議なもの。
今から向かうのは、不快極まりない場所なのに。
でも、新しい衣を纏った身は、喜びに舞う。
足を止め、少しだけ視線を上げてから、目を閉じ、小さく深呼吸。
『浮かれてる場合じゃないでしょう・・・』
小さく口を動かし、声にならない声で、私の中にいる別の私に話しかける。
そう、浮かれてる場合じゃない。
この後、私の前に立つのは、柚葉ちゃんを傷つけた男。
そして、私の過去。
肺が満ちるほどに息を吸い、音を立てず、ゆっくりと吐く。
何度か繰り返してから手を握れば、そこに汗の感触はない。
『うん、大丈夫』
改めて足を踏み出し、屋上へ続く階段を昇れば、すぐに扉の前。
ポケットからスマホを取り出し、アプリを起動してから、またポケットへとしまう。
これで良い。
準備は整った。
一度、胸の前で手を重ね、大きく息を吐く。
しっかりと目に力を込めて、前を見据えて扉を開くと、山から吹き下ろした風が舞い、私の髪を、襟を、袖を、スカートを大きくはためかせた。
そして、逆光のなか、彼がいる。




