第十七話-1
非常階段の踊り場で、ふたり並んで肩を寄せ合い笑いあう。
少しだけぎこちなく、でも素直な気持ちで。
何かが劇的に変わった訳じゃない。
でもこれから、私と柚葉ちゃんはいろんな事を言い合える仲になりたい。
如月くんや、瑠璃ちゃんと真ちゃんの様に・・・。
もちろん、すぐになれる訳じゃない。
なれるかどうかだって、まだ判らない。
それでも、『なりたい』ってお互いが願えた。
だから、少しずつでもお互いの心の内を開いていければ・・・。
「ふふっ」
小さく柚葉ちゃんは笑う。
その笑顔は、嘗てのような大きな笑顔ではないけれど、控えめで自然な柔らかな笑顔。
それはきっと柚葉ちゃんの、本当の・・・ううん、今の笑顔。
少し影はあっても、彼女の愛らしさは損なわれない。
私は、隣でその笑顔を見ていたい。
友達として、大切な彼女の笑顔を・・・。
でも、それは私ひとりでは出来ない事。
瑠璃ちゃんや真ちゃん、如月くんも一緒じゃないと、きっと出来ない。
・・・出来ないし、意味がない。
お互いだけが大切なんじゃない。周りの人も、友達も、皆が皆を大切に出来て、初めて心からの笑顔になれる・・・そう、今なら思える。
だから・・・。
「・・・そろそろ、教室に戻りましょう。瑠璃ちゃんも真ちゃんも、待ってますよ」
ゆっくりと微笑みながら、私は柚葉ちゃんに促す。
その言葉に、少しだけ影を見せた柚葉ちゃん。それでも、私は言葉を続ける。
「今日は、真ちゃんが肉詰めピーマン作ってくれてるんですよ。もしかしたら、瑠璃ちゃんが全部食べちゃうかもしれません」
目を細め、声を弾ませながら。
躊躇いがまだ瞳に浮かぶけれど、少しだけ息を吐き、両の手を祈る様に重ねつつ私を見る。
ちょっとだけ目が泳ぐけれど、それでも笑顔で頷いてくれる。
「・・・うん。真ちゃんの料理、楽しみだもんね」
「お母さまのお得意らしいですよ?瑠璃ちゃんも喜んでましたし」
ふたり、顔を見合わせながら笑いあう。
小さく声を上げながら・・・。
そして、
「あたしも、お料理出来るようにならないと・・・。簡単なものしか作れないと、将来困っちゃうかな?」
「いろいろ作れた方が、良いとは思いますけれど。・・・でも、私もなかなか上達しないんですよ?」
「そうなの?・・・碧さん、いろいろ作れそうだけど?」
私は小さく首を振りながら、
「挑戦はするのですけど、上手に・・・とは。でも、いろいろ作れたら、きっと楽しいのでしょうね」
そう言いつつ笑う。
風が頬を撫で、髪が揺れるのをお互いに眺めつつ、どちらからともなく腰を上げる。
僅かに巻いた風がスカートを揺らし、私は少しだけ裾を押さえた。
はためきが激しい訳ではないけれど、どうしても気になってしまう。
こればかりは慣れなのでしょうか・・・。
一方、柚葉ちゃんは意に介してはいないよう。
もちろん、スカート丈が長いのもあるのでしょうけど・・・。
ただ、揺らめくのはスカートだけではない。
柚葉ちゃんの、バッグのポケットから顔を覗かせる紙の端が、風に揺らめいているのが目の端に入って来た。
パタパタと小さく音を立てる封筒。
それはおそらく、今朝、下駄箱に入っていたもの。
私は、つい反射的にその封筒を目で追う。
ただ、その仕草が『何事かを探るよう』に見えたのかもしれません。
丁度、何か覗き込むような動きになったのでしょう。
小さく身を震わせる柚葉ちゃん。
驚かせるつもりも、責めるようなつもりも無かったのですが・・・私の不用意ですね・・・。
目を瞑り、俯き、片手でバッグを持つ手の袖を握る・・・。
その姿は、まるで悪戯を咎められる子供の様。
柚葉ちゃんが悪い訳じゃないのに・・・。
「あ、ご・・・ごめんね、柚葉ちゃん。その・・・丁度、目の端に入ったから『何かな?』って思っただけだから。全然、気にしてないよ」
「う・・・うん、判ってるよ。大丈夫だから・・・」
ああ・・・。
仕草ひとつでも、今の柚葉ちゃんには圧になってしまうんですね・・・。
はあ・・・私の配慮の無さが恨めしい。
せっかく柚葉ちゃんといい関係が築けそうだというのに・・・。
思わず俯き、眉間に皺が寄り、少しだけ奥歯に力が籠る。
その様子が伝わったのか、柚葉ちゃんも口を噤む。
足元に目を遣れば、差していた日の光に少し影が落ちている。
それもあってか、僅かな時間ではあっても、沈黙が重い。
場を圧するような空気が緩むことなく、ふたりの間を漂い続ける。
首の後ろのあたりに、じわりとした汗を感じた時、恐る恐る柚葉ちゃんが口を開く。
「あのね、碧さん。・・・この手紙、あたしに来たけど・・・碧さん宛て、でもあるの」
「え?」
私宛て・・・でもある、とはどういう事なのでしょうか??
そも、私に用があるなら、私に直接手紙を置けば良いのに?
「でね・・・碧さん宛ての手紙・・・開けちゃったの」
ああ、なるほど。それで咎められると思ったんでしょうね。でも、普通、自分宛てに来た封筒なら、開けますよね?
「そんな事。気にしなくても良いですのに」
「そう?・・・でも、差出人が・・・」
言い辛そうにしながらも、その封筒を渡してくれる。
『なぜそんなに・・・?』と疑問が湧くものの、その人の名を見て、私にも緊張が走った。
『岡本琢磨』
何故、彼が今更・・・。
それに、なんで柚葉ちゃんに・・・?
思わず封筒を持つ指に力が籠り、手紙にも皺が寄る。
・・・そういえば、朝、柚葉ちゃんも封筒を見て、難しい顔してましたけど・・・。
「でね、手紙も見て欲しいんだ。あたし宛てのも一緒に」
「・・・?あの・・・良いんです?」
小さく頷いて、それを返事としてくれる。
それならと、読ませて貰えば・・・。
今度こそ、眉間に皺が寄る事に。
何と言うか・・・私の目は宙を彷徨う様に揺らぎ、改めて困った表情で柚葉ちゃんに向けられた。




