第十六話-2
「そう・・・?ねぇ、柚葉ちゃんはその小説、好きなんです?」
その問いに、柚葉ちゃんは頬を染め、微笑みながら小さく頷き、そのまま本を胸に押抱く。
「うん、好き。小説なんて初めて読むけど、すっごく好き。・・・あたしの欲しかった世界が、ここにあるんだもん」
そう言いつつも、私に向ける瞳は優しく、でも少し寂しそう。
その瞳は・・・。
私は知ってる。
小さい頃・・・友達が少なかった幼稚園時代。
お父さんは忙しくて、お母さんは入院してて、近所の子が誰も居ない、家から離れた幼稚園。
寂しくて、つまらなくて、絵本を読んで過ごして居た頃。
『一緒に遊ぼうよっ!』
そう声を掛けてくれた女の子。
まるで向日葵のような明るい笑顔の子。
その子と一緒の時は、いつも楽しくて、嬉しくて・・・。
でも、時々今の柚葉ちゃんのような目をしていた・・・。
・・・何故?
でも、今はその事は考えない。
今、私は柚葉ちゃんと向き合う時。
だから、私は問う。
それはどんな世界?・・・と。
柚葉ちゃんは、少し困ったような顔をしてから、小さく呟くように
「・・・一緒に、読む?」
そう言ってくれた。
きっと柚葉ちゃんにとっては、自分の心を晒すような事なのでしょうね・・・。
私が持てなかった勇気を、柚葉ちゃんは出してくれた。
傷つけたであろう相手に対して、心を開こうとしてくれた。
であれば、私が向き合うために必要なのは・・・。
「うん、一緒に。私にも、柚葉ちゃんの好きなところ、是非教えてっ」
彼女に負けないくらいの笑顔で答える事。
私の心で、柚葉ちゃんの気持ちに答える事。
好きなものを、好きな事を・・・お互いに示して、それを受け入れよう。
あ、でも・・・。
「あ、でも碧さん、お昼食べるんだよね?」
「うん。・・・あ、でも・・・」
「じゃあ、あたしが読んであげる。碧さんが食べてる横で、あたしが読むから聞いてくれる?」
控えめな笑顔で、優しい声が良く通る。
何時もみたいな元気な明るい声じゃないけれど、それが本当の柚葉ちゃんなのかもしれない。
きっとそう・・・。
だから、私も自分を晒すんだ。
「・・・うん、お願いするね。柚葉ちゃん」
ふたり、顔を見合わせて笑いあう。
私はバッグからお弁当を、柚葉ちゃんは小説を、それぞれ手元に置く。
お弁当を食べ始めると同時に、柚葉ちゃんが小説の朗読を始める。
ゆっくりとした声で、綺麗に丁寧に、感情を乗せながら読む。
・・・おそらくは何度となく読み返し、声に出して読み込んだのでしょうね・・・。
『・・・授業が始まってすぐ、裕からLineが入る。
奴の方を見れば、先ほどの笑ってた顔が嘘のように不機嫌を浮かべていた。
思わずため息が漏れ、憂鬱な気分が襲って来る。
Lineの内容は見なくてもわかる。
昼休みに話した事を、台無しにしかねなかったのは俺だ。
そんなことはわかってる。
俺の馬鹿さ加減は百も承知だ。
でも・・・
あんな風に手を握られたら・・・
「お前、しのの名前呼びそうになってたろ?」
「ほんま、人のはなし聞いとんのか?あ?」
「なんやお前、人が真面目に話した事無駄にしくさって、ふざけるのも大概にしとけよ?」
「大体、教室戻った時に辛気臭い顔すんなや。なんか話とったのバレバレやろが」
「ちぃとは笑顔の練習でもしとけ。周りになんか思われても面倒やろ、無愛想が」
・・・
まぁ罵詈雑言が続く。
わかってる事をいろいろと書いてくる裕にも感心するが、机の下でろくに手元も見ずに打てるものだ。
・・・
「・・・まぁでも、あれはな・・・」
「お前が落ち込んでた時、俺に叱られた時、しのがお前の手を握って慰めてたもんな」
「元気だして、お願いってな」
「俺かて、しのの名前呼びそうになったんや。・・・お前が、泣きそうになるのもわかるけどな」
「でも、秋月さんはしのやない。ちゃんと秋月さんに向きな」
やれやれ・・・
こんな時でも兄貴面するのかよ・・・。
もう裕が俺の兄貴になる事なんてないのに・・・。
それでも、裕は俺の事を心配してくれる。
有難いものだと思えば、多少の文句くらいは気にならない。
・・・
そもそも悪いのは俺だ。
吹っ切る事は出来なくても・・・俺がもっとしっかりしていれば、裕にこんな事させなくても・・・とはいつも思う。
ふぅ、と一息吐いてから、一行だけ返信を。
「すまん。ありがとう」
・・・』
意外な事に、柚葉ちゃんが読んでくれたのは、ふたりが衝突するシーンだった。
Lineを通じて飛んで来る非難。
でも、それを受ける側は、その非難を妥当だと受け入れる。
背景が判らなければ、なんとも判断し辛いシーンだけど・・・。
もしかしたら・・・。
「ねぇ、柚葉ちゃん。このふたりって、幼馴染なの?」
私の問いに、小さく頷いて答えてくれる。
そうなんだね・・・。
そして、それは柚葉ちゃんの欲しいもので・・・。
私の世界にも無かったものなんだね。
「・・・このふたりはね、生まれた時から一緒で。ふたりで・・・ううん、もう居なくなってしまった、もうひとりの子と一緒に育ってきたの。友達で、親友で、ライバルで、家族同然で・・・でも、もう家族にはなれないの。それでも、お互いが大事で何でも言える。・・・絶対に壊れない関係、なのかな・・・」
そんな幼馴染・・・か。
「・・・そんな幼馴染、欲しかったね・・・」
「・・・うん」
ふたり小さく俯いて、次の言葉が出て来なかった。
正直、瑠璃ちゃんと真ちゃんの関係が羨ましくて仕方なかったの。
如月くんも、あのふたりといる時だけは砕けた感じだった。一緒にバイトしてても、あんな顔見せてくれないのに・・・。
羨ましくて、口惜しくって・・・でも、望んでも手に入らない関係だって、諦めていたのに・・・。
柚葉ちゃんも、同じように感じてたんだね。
「でもね・・・このあいだ、瑠璃が祐也・・・如月くんに噛みついてたでしょ?真ちゃんも、その場を納められなくて・・・。あの時に、『本当に幼馴染って特別なの?』って思って・・・。自分の気持ちが判んなくなっちゃったの・・・」
「・・・」
「ずっと羨ましかったの。そこに居たかったの。でも・・・そこにあたしの場所は無いんだって、そう言われたように感じて・・・苦しかったの・・・」
「・・・そうなんですね」
そうなのね・・・。
やっぱり、あの衝突が、柚葉ちゃんの心に影を落としていたのね・・・。




