第十四話-4
小さく息を吐きながら、視線を少し空に向ける。
薄く雲の掛かった空。日の影が揺らぎ、疎らにある濃い雲がその光を遮る。
もう少ししたら、雨が降るのでしょうか・・・。
何が柚葉ちゃんの心に影を落としたのか。
でも、それが何であるかは、柚葉ちゃん自身でなければ判らない事。
私に・・・私には、何が出来るのでしょう。
もし何か出来るとしても、私はそれを行って良いのでしょうか・・・。
友達として柚葉ちゃんに寄り添うと言うのは、どれ程の事をするのでしょう・・・。
・・・考えて答えが出るのであれば、私はもう答えを持っているはずなんですよね。
でも、私の中には何もない。
柚葉ちゃんに問い掛ける言葉を持っていない。
ううん、それは決まった言葉ではない。
私がその言葉を言って良いのかどうなのか・・・。
その答えを、私は持っていない。
柚葉ちゃんにとっての私は何なのか、その答えを・・・私は持っていない。
友達なのは間違いないと思うけど、だからと言って無条件に踏み込むのは違う気がする。
どうしても、一歩引いてしまう。
少しだけ遠い距離を取ってしまう。
それが、私にとっての安心だから・・・。
でも、本当にそれで良いのでしょうか?
・・・こんな事を考えるのは、これで何度目でしょう。
答えなんか出ないのに、それでも考えてしまう。
『つまらないな・・・私』
大きく溜息を吐いて、坂の方に目を向ける。
もうそろそろ朝のホームルームが始まるような時間。
このくらいの時間になれば、登校してくる人は疎らになってくる。
遅刻ギリギリ・・・とまでは言わないけれど、余裕のある時間では無くなってきている。
そろそろ私も教室に向かいましょうか。
・・・結局、今日も柚葉ちゃんはお休みなんですね。
後で、お見舞いをLineで入れましょう。
また来週、顔を合わせた時に笑顔でいてくれれば・・・。
そんな事を考えながら壁から背を離し、校舎へと足を運ぼうとしたその刹那、坂を小走りに駆けて来る人影がある事に気が付いた。
見覚えのある、見た事の無い人・・・。
きちんと着こなした制服。
ボブ・・・よりも少し長い髪を巻かずに流している。
化粧っ気の少ない・・・ナチュラルメイクというのかな?・・・だけど、優しくぱっちりとした目元。
おとなしいけれど、可愛らしさのある女の子。
・・・え?
思わず足が止まる。
その子は・・・、まっすぐに私の方にやってくる。
控えめな優しい笑顔を浮かべて・・・。
そして・・・
「おはよう、碧さん」
そう声を掛けてくれた。
いつものように・・・いつもと違って、ゆっくりと優しく静かな声で・・・。
止まったのは足だけじゃない。
腕も身体も・・・声も、表情も。私の総てが止まり、逆に動悸が跳ねあがる。
『言葉が出ない』とは、こういう事を言うのでしょうか・・・。
知っている子が、何の前触れもなく大きく姿を変えて現れた時、本当に何も言えなくなるんですね・・・。
柚葉ちゃんは・・・どんな私を見ているのでしょうか・・・。
・・・私は今、どんな顔をしているのでしょうか・・・。
私の驚きが、今、表に出ていない事だけを祈る・・・そんな時、どんな顔をすれば良いのでしょう。
内心の動揺を押さえつつ、私は笑顔を作る。
上手く作れてるかは判らないけど、とにかくも笑顔でいなければ。
そして声も・・・。
内なる声は叫んでいる。
『どうしちゃったの!?』と。
『何があったの!?』と。
でも、それは決して言ってはいけない言葉。
変わりたい、変わると決めた人に、その言葉は大きな傷をつける。
あなたが決めた事は、私の世界のルールとは違うと、
『私が知ってるあなたは、そんな事をしない』
と、本人の意思を無視して、己の妄想をぶつける事になるのだから。
だから・・・決して言ってはいけない。
自身の心を押さえ、何事も無いように、ただ平然と変わらず笑顔で・・・。
「おはようございます、柚葉ちゃん。今日はゆっくりだったんですね」
声に震えは出てないでしょうか?
笑顔は崩れてませんか?
仕草や所作に乱れは?
いつもと違う私を、今の柚葉ちゃんには見せないように。
・・・動悸がする。
呼吸も浅くなってる?
汗は?ああ・・・私は、こんな時まで、『自分という檻』に閉じこもるの?
「うん、朝来る前に少し本を読んでたから、バス逃しちゃったの」
いつものような大きな笑顔ではなく、控えめな静かな微笑み。
そこに見えるのは、小さく隠した影。
寂しさ?
悲しさ?
それとも、怯え?
今、私の目から見えるのは、先日までとは違う距離感だけ。
少しだけ、柚葉ちゃんが遠く感じてしまう。
今、まさに目の前に居るのに・・・。
どうして、そんなに気持ちが遠いの?
あの衝突が、あなたの心に・・・それだけの影を落としているの?
何故?
どうして・・・?
目の前の柚葉ちゃんは、小さく微笑むのみ。
何も語ってはくれない。
彼女は、少し目を細めると、
「ね、碧さん。そろそろ教室に行きましょう?ホームルームがはじまちゃうよ?」
そう言って私の隣に立ち、それ以上は何も言わず、その瞳を私に向ける。
ちょっと困ったように眉を下げる、優しい笑顔・・・。
ねぇ、柚葉ちゃん。
あなたは今、何を伝えたいの?
私は、あなたに何かしてあげられる事はあるの?
・・・柚葉ちゃん・・・。




