第十四話-5
内心の騒めきを隠しながら、柚葉ちゃんの隣を歩く。
ゆっくりとした足取り。
柔らかな・・・でも、どこかに影を残したような笑顔。
きちんと着こなし、スカート丈も短く巻いたりしていない制服。
いつもなら軽く巻いている髪も、今日は落としたまま。
先日までとまったく違う姿だけど、その愛らしい顔つきは私の良く知っている柚葉ちゃんだ。
良く知ってる・・・。
知っている・・・。
勝手にそう思っていた・・・と言う事かな。
いつも明るくて、みんなの話題の中に居て、楽しくいっぱい元気をくれる柚葉ちゃん。
可愛らしくて、ちょっと色っぽくて、ギャルっぽい着崩しが似合ってる、素敵な子。
勉強はちょっと苦手でも、頑張ってるし、判らないところはちゃんと消していく、真面目なところもある。
私にとっては・・・まるで太陽のような眩しい存在・・・。
大好きな柚葉ちゃん・・・。
それなのに・・・。
今日は大人しくて、穏やかで・・・。
言い方は悪いけど、地味な女の子。
まるで私。
柚葉ちゃんにこんな面があったなんて、全く知らなかったな・・・。
ああ、でも・・・。
最近は、時々だけど休み時間に小説読んでたっけ。
廊下で、如月くんと話してる姿を見る事もあったし、その時ちょっと聞こえて来た声も、読んでる小説の事だったかな。
・・・私だって本が好きなのに、なんで私じゃなくって如月くんなんだろう・・・。
なんで・・・柚葉ちゃんは如月くんに・・・。
「ふふっ」
不意に、隣を歩いている柚葉ちゃんが微笑む。
私は・・・何かしていました?
それとも、難しい顔でもしていたでしょうか・・・?
私が少し驚いたような様子が見えたのか、柚葉ちゃんはまた少し笑う。
口元に手を当て、小さく、柔らかく・・・。
いつものような、大きな笑顔ではなく・・・。
少しだけ俯いて、私から目を逸らす。
そして小さく息を吐くと、小さな声で・・・私だけに聞こえる様に告げる。
「碧さんは優しいね。・・・みんなみたいに、驚いた顔はしないんだもん」
はっとして、周りに目を飛ばせば、見える範囲だけでも数人?・・・もっと多くの人が、チラチラとこちらを見ながら、小声で話しているのが判る。
これって・・・。
きっと、柚葉ちゃんが変わったから戸惑って・・・ううん、悪い言い方だけど、何事か勘ぐっているのでしょう・・・。
柚葉ちゃんは、いつも元気で可愛いから、良く目立ってはいましたね。
誰からも好かれる人だったのは間違いないし、私以外とも一緒に居る事も多かったですし。
でも、急に学校を休んで。
出て来たと思えば、今までとは全く違う、大人しい・・・地味な姿になったとなれば、誰でも気になるのでしょうけれど。
でも、だからと言って・・・。
『人の口に戸は建てられない』とは言いますけれど、本人の気持ちも考えて欲しいものです。
でも、『気持ち』ですか・・・。
柚葉ちゃんは、どんな気持ちで今までの恰好と別れたのでしょうか・・・。
やっぱり、先日の衝突でショックを受けた?
私が知らないだけで、変な男から言い寄られたとか?
もしかしたら、バイト先で変なお客が居たとか、通学のバスで嫌な目にあったとか・・・。
考え出すとキリはありませんが、ともかくも柚葉ちゃんが決めた事なら、私が口出しする事でもないと思うんですよね。
「・・・柚葉ちゃんは柚葉ちゃんですよ。着こなしが変わっても、髪型が変わっても、私の大事なお友達の柚葉ちゃんは変わりません。姿が変わったくらいで驚くような、慌てるような・・・そんな事、ありませんよ」
だから、ちゃんと笑顔で彼女に伝える。
私はあなたの・・・柚葉ちゃんの味方だと。
それが正しいはず。
・・・なのに。
柚葉ちゃんは、少し驚いたような、困ったような表情を浮かべている。
そして、少し眉を下げながら視線を落とし、小さく息を吐く。
・・・なぜ?
変わった事を驚いて欲しいの?
元の柚葉ちゃんの方が良かったって言って欲しかったの?
今の柚葉ちゃんは偽物だって、自分でもそう思っているの・・・?
自分で選んだのではないの?
少し寂し気な顔が、私の心を掻き乱す。
柚葉ちゃん・・・。
あなたは何を望んでるの・・・?
私には・・・その心の内を窺い知ることが出来ない。
その表情からは、何も知る事が出来ない。
そんなにも、私と柚葉ちゃんの心の距離は遠かったの・・・?
心の奥から血が引くような感覚がある。
頭の芯が冷えるような、目の奥が痛むような・・・奥歯を噛む痛みが。
知らず知らずのうちに、鞄の柄を握る手に力が籠る。
それでも・・・
私は笑顔を崩さない。
柚葉ちゃんの隣をゆっくりと歩く。
校門から昇降口までは、そうたいした距離はない。
軽く歩いてもすぐに着いてしまう。
そう、普段なら。
でも、今日はその距離が遠い。
柚葉ちゃんと一緒に歩くその距離が、いつもよりも遥かに遠い。
柚葉ちゃんに向けられる目。目。目。
いつもの可愛らしさを脱ぎ捨てた事を、まるで好奇の目で舐るよう・・・。
私は、柚葉ちゃんの隣で、何も出来ない。
彼女を、周囲の目から守る事も、彼女の心を汲むことも・・・。
柚葉ちゃんの表情は変わらない。
周りが何を言おうと、どんな目で見られていても変わらない。
優しく、少し寂しそうな微笑みを絶やさない。
その伏せ気味な目元に隠れた感情を、どうすれば知れるの?
ああ・・・。
そんな堂々巡りも、下駄箱という現実を目の前にすれば、辞めなければならなくなる。
思考を止める合図ではあるけれど、次の現実が来ると言う合図でもある下駄箱。
履いてきたローファーを納め、上履きに履き替える時、ふと見れば柚葉ちゃんの手に封筒がひとつ。
声を掛けるべきかな・・・。
見ればその封筒を手に、小さく溜息を吐き、その手には力が籠る。
僅かに歪む封筒。
表情は暗く、そこに普段のような喜色はない。
僅かに目を閉じ、もう一度小さく息を吐いてから、封を開けずにカバンへとしまわれる。
少しだけ結んだような口元。
伏せ気味な目元に滲むのは、寂しさ?それとも悲しさ?
そこにあるものを、私は知れない。




