第十四話-1
校門前。
普段よりも早めのバスで登校して、ぼんやりと空を眺めながら人を待つ。
5月の空は、徐々に濃くなりつつある蒼が広がり、柔らかな乾いた風がゆっくと吹き抜ける・・・。
が、今日は違う。
薄い灰色雲が空の大半を覆い、西側には日差しを遮るような暗い雲が姿を現している。
山から吹き下ろす風はまだ涼しく、ゆっくりと、時に強く吹き抜けて行く。
私は、風を避ける為に、道から少し入った校門横の壁に背中を預けている。それでも時々、巻いた風がスカートの裾を揺らす。
捲れてしまう程ではないけれど、それでも時々は気にしなければ、うっかり『見えて』しまうかもしれない。
・・・『見えて』しまう程の長さではないはずだけど、それでも・・・。
『・・・まだ慣れませんね』
1年の時は普通の長さだったスカート丈。
制服自体を着崩す事はしないけれど、今はあの頃よりも短くしている。
・・・理由なんて単純なもの。
その方が可愛いから。
だから、スカート丈を短くしただけじゃない。ニーハイソックスも普段から使ってる。
これだって可愛い。
漫画やアニメで見る印象と、そんなに変わらないくらい可愛い。
他にもいろいろ変えられれば、もっと可愛くなれるのかしら?
・・・
でも多分、それは他の人に言っても信じて貰えない。
そんな風に、私は見られてる。
大人しくて、落ち着いてて、静かで、控えめな優等生。
気遣いが出来て、誰にでも親切な女の子。
本が好きで、図書委員で、真面目で優しい碧さん。
それが皆から見た私。藤原碧。
私の事を知ってる人は、誰でもそう言う。
場合によっては、私が知らない人までがそんな事を言う。
見た目の印象。
話した感じ。
人伝に聞いた。
・・・などなど。
昔・・・と言っても、中学時代だけど・・・から知ってる人は・・・やっぱりそう言う。
もちろん間違ってはいないけれど、だからと言って、それが私の総てではない。
私だって年相応におしゃれだってしたいし、友達と一緒にお出掛けして、いろいろはしゃいで回りたい。
気になるスイーツがあれば食べてみたいと思うし、ネイルだって試してみたい。
メイクだってもっとしたいし、ピアス・・・は怖いけど、アクセサリーだって楽しみたい。
彼氏だって欲しいし・・・その先の事だって・・・その、色々興味はある・・・。
でも、それを口にする勇気が無い。
試してみたくても、望む事があっても、踏み出す勇気が無ければ現実にはならない。
それは判ってる。
・・・判ってても、難しい事ってある。
「はあ・・・」
小さく息を吐き、呼吸を整える。
今目の前に広がるのは、学校に向かって坂を上ってくる生徒たち。
ひとりとして同じ人は居ないのに、恰好はみな変わらない。
その中で、少しずつ他の人との違いを出して、個性を見せている。
大きめの上着で袖元をゆったりと隠している人。
襟元を緩めて、少し肌を見せてる人。
指先を大きめのネイルにして、ピアスを付けてる人。
髪の色や、メイクの違いも個性。
私は、そこに混ざれてはいない。
素直に、『羨ましいな』と思う。
自分の『好き』や『好み』、『やりたい事』を自由に言える。
これは普通の事。誰かに止められるような事ではない。
でも、周りの人からの印象や扱われてきた過去が、常に壁として立ちはだかる。
もし私が、明日いきなりギャルっぽい恰好をしたら、皆はどう言うだろう?
『可愛いね』
『素敵だね』
『かっこいいね』
絶対、そんな事は言わない。
『碧さん、どうしたの?』
『何かあったの?困った事でもあった?』
多分、言われるのはこっち。
他人からの印象って、突き詰めてしまえば『他人の勝手な妄想』でしかないけれど、他人は悪意無くその『妄想』を言葉にする。
本人が『どうしたいか』『どう思っているか』よりも先に。
正直、息苦しい。
これが、私の考え・・・というか、私の『他人に対する妄想』なのも判ってる。
他人はそこまで私の考えや好みになんて興味無いのも判ってる。
それでも考えてしまうし、相手の考えを汲み取ろうとしてしまう。
それが、私のこれまでの歩いてきた道だから・・・。
『・・・嫌になるなぁ・・・』
何とは無しに、空を見上げる。
朝見た天気予報では、今日は終日曇りの予想。
降水確率だって高くはない。
でも、だからって雨が降らない訳じゃない。
不意に風向きが変わり、少し強く吹き付けると、水と埃が混ざったような匂いが鼻腔に入ってくる。
もしかしたら、観測されるかされないか程度の、弱い雨が近づいているのかもしれない。
先程からの考えに加えて、雨の予感が追い打ちを掛ける。
人によっては、『こんな気分の時に学校には行きたくない』って素直に言えるだろうに。
でも。
そんな時でも、学校でしか会えないような人が居るなら、来る理由にはなるんだろうか?
もしかしたら『友達』
もしかしたら『恋人』
それとも『憧れる人』かもしれない。
ただ会えるだけで嬉しくなる、そんな人が居れば、気分が沈む事は少ないのかもしれない。
視線を坂に下ろせば、『その人』たちが見えて来た。
ちょっとだけ気分が軽くなり、頬が緩むのが判る。
もう少し近付いたら、手を振って挨拶をしよう。
今のこんなつまらない考えなんて捨てて、ただ楽しく接する事が出来れば・・・、きっともっと仲良くなれるはずだから。
私は笑顔を作りながら、ふたりに手を振る。
いつも仲の良いふたり。
友達の瑠璃ちゃんと真ちゃん。
幼馴染で同級生で、デートするような間柄。
お互いの心の内を曝け出しあえるような、そんなふたり。
・・・まあ、クラスメイトの前でイチャつけるくらいには親密。
そこまで行くと、羨ましいって気持ちも湧かなくなりますね。
「おはようございます。瑠璃ちゃん、真ちゃん」
私は笑顔でふたりに挨拶をする。
「おはよう、碧さん」
「おはようございます、碧さん。今日も早いのね」
ふたりとも笑顔。
以前は、瑠璃ちゃんは気を張っていたような印象だったけど、先日の一件以来少し柔らかくなった感じがする。
それは、真ちゃんもかな?
自信が無く、少しオドオドしたところがあったけど、最近は落ち着いてる。
料理を始めたとは言ってたけど、それが関係するのかしら?
出来る事が増えて、それが自信に繋ると、自己肯定感が上がる・・・という事なの?
・・・なんにしても、ふたりは少し心に余裕が出来たみたい。
ふふっと思わず笑顔が零れる。
良いなぁ・・・。




