第十三話-5
『・・・イベントであれば、どこででもある普通のやり取り。
「また、可愛いイラスト描いてくださいね」
「ありがとうございます。そういってくださる方がいるだけで、また頑張れます」
そういってくれた時の照れたような笑顔が、とても印象的だった。
なんとなく、顔が火照ったような感じで、照れくさかった。
「楽しみにしてますね」
笑顔で答えてから軽く会釈をして、そこを離れた。
あぁ、また彼に会いたい。
今度はもう少しお話しがしたい。
ゲームの好きなところ、キャラの好きなところ、そしてあなたの描く絵が好きなこと、少しでも伝えることが出来ればいいな。
次に会えるのは何時なんだろう。会いたいな。お話ししたいな。
・・・
少し幸せな気分に浸っているときにスマホのアラームが鳴り、意識が現実へと引き戻される。
「・・・なんでこのタイミングなのよ・・・」
幸せな時間は長く続かない。
より正しく言うなら、幸せな時間はそうでない時間より早く過ぎるように感じてしまう。
でも、そんなことよりも、今はただ朝が来たことが恨めしい。・・・』
『あかり』ちゃんが、初めて『彼』と出会った時を思い出す夢。
浅い眠りを繰り返した後の、長く続く幸せな夢。
ひとりで居た中で感じた、幸せの時。
幸せな夢も、朝を告げるアラームに邪魔をされれば台無しになってしまう。
それでも、幸せだった事を忘れない『あかり』ちゃん。
・・・
そうだね。
ずっと幸せな時間なんて無いんだから、ちゃんと現実に向かわないとね。
あたしの現実。
とりあえずは、1時間目の英語の勉強。2時間目は数学。
先生の説明は無いんだから、基本を丁寧にやろう。
辞書とにらめっこしながら訳し、読める文章になるようにしよう。
小説のような詩的な文は作れなくても、気持ちが伝わるように考えよう。
数学も、ケアレスミスを無くすように気を付ける癖をつけよう。
ひとつひとつを丁寧に・・。
それが、きっとこれからのあたしを作ってくれるんだから。
3・4時間目は体育。
流石に、これはなんとも出来ない。
家の中を走り回るわけにはいかないし、かといって外で走れば良いって話でもない。
休んでる事は内緒なんだし、ご近所さんから親に話が行くのも避けたい。
・・・心配されたくない訳じゃないけど、理由を聞かれてもちゃんと答えられる自信が無い。
今のあたしの中にある気持ちは、多分、言葉にはなる。
でも、言葉にした途端に嘘になる・・・そんな気がする。
ひとつの言葉で表せるような感情じゃない。
でも、言葉にすると、ひとつの感情として伝わってしまう。
それは・・・伝わらない事より苦しいのかもしれない。
少しだけ目を閉じて、傍らにある本を手に取る。
この体育の時間は、本を読む時間にしよう。
『あかり』ちゃんたちを身近に感じよう。
軽く表紙を撫でてからページを捲る。
あたしが読んだのは、まだ前半のほんの一部。
何度でも何度でも、『あかり』ちゃんや、想いを寄せる『春日』さん、『沢渡』さんの気持ちに触れたくなるから。
だから、なかなか読み進められない。
同じところを、繰り返し読んでしまう。
そう、ここもあたしが好きな場面・・・。
『・・・授業が終わる直前、Lineが飛んでくる。
「話がある」
書かれているのは、ただそれだけ。
送ってきた奴の方を見れば、親指でドアの方を指すのみ。
「何の話だよ」
と短く返信するも、答えはない。
多少イラっとするものの、あいつの機嫌が悪い時は大体こんな感じだ。
俺以外には、不機嫌を悟られないようにしたいらしい。
だからこれ以上、Lineでやり取りはしない。
そこで詮索しなくても、あいつはこの後で面と向かって俺に不満を言ってくるのが判るから。
とは言え、俺にも多少の不満はある。
・・・俺は不機嫌を滲ませながら、目の前の奴に問う。
目の前の奴は少し足を止め、こちらを振り返る。
いつも人前では笑っているその顔も、今は眉間に皺が寄り不快を露わにしている。
無言のまま、お互いを睨みつける。
少しの時間だが、互いの不満を表情に、表に出す。
互いに口を開こうとし、また噤む。
大きく息を吐き、少し目を伏せる。
奴が再び先を歩き、俺はそれを追う。
黙ったまま、ふたり歩く。
・・・こいつがこんなに不快そうな顔をするときは、凡そ俺に非がある時だ。
決まってそうだ。
昔から変わらない。
俺が約束を忘れたとき。
俺が時間を守らず、遅刻した時。
俺が嘘をついた時。
そして・・・
そんな時、こいつは何時も俺を諫めた。
だからこいつと喧嘩をした事はない。
喧嘩にすらならない。
・・・その顔には、さっきのような不快そうな表情はない。
スマホを取り出しその画面をしばらく見た後、俺の方を向く。
いつもより無表情な顔。
いや、ここしばらくのこいつの普段の顔だ。
寂しさが滲んだその顔を、隣で俺はずっと見ていた。
何年も見ていた。
少し気を抜けば、泣き出しそうな顔。
それは、俺も同じか・・・
・・・ワンピースを着た女の子がそこに居る。
綺麗にカールした長い髪を風に靡かせて、サイズのあってないぶかぶかのカーディガンを羽織り、袖を余らせながら微笑む女の子。
その子の写真をいくつか見て、ふうと息を吐いて天井を仰ぐ。
・・・似てないだろ・・・
そう自分に言い聞かせ、裕に顔を向ける。
少しの沈黙。
・・・売り言葉に買い言葉ではないが、些か裕の態度には腹が立つ。
言いたいことがあるなら、はっきり言えばいい。
そして、俺を責めればいい。
そうしない理由がわからないからこそ、俺も反発する。
・・・心臓が強く鼓動し、息が詰まる。
鳩尾のあたりが熱を帯び、ぞわぞわと気持ち悪くなる。
息が浅くなり、血の気が引くように感じられた。
胸が締め付けられる。
言葉のひとつひとつが、俺の心を抉る。
認めたくない考えを、目の前に突き付けられるようで気分が悪い。
自分自身に吐き気がする。
やめろ
やめてくれ
その次の言葉は出さないでくれ
もう一度、笑えるようになるかもしれない。
誰かのそばに居られるようになるかもしれない。
昔には戻れなくても、前に進めるようになるかもしれない。
諦めも無気力も自分で選んだ結果だけど、それを乗り越えられる機会かもしれない。
でも、その言葉を言われたら、俺はもうずっとこのままだ・・・。
ずっとずっとこころが苦しいまま、未来を過ごすことになる。
「・・・清音・・・お前・・・」
やめろ
言うな
わかってる
わかってるから、俺はその言葉を聞きたくない
裕は次の言葉を告げなかった。
ふう、と息を吐くとスマホをポケットに戻すと、目を伏せ、腕を組み再び壁に背を預ける。
少し俯き、視線を俺に戻すと口を開こうとするが・・・
また視線を外し、首を少し振る。
「・・・やめや・・・」
ポツリと呟く。
・・・俺の方を見ず、低い抑揚のない声で裕が呟く』
・・・判っている事を、言わなくても良い事を、言ってはいけない事を、超えてはいけない線を、全て判った関係のふたり。
ずっと一緒に過ごしてきたふたり・・・ううん、ふたりと・・・ここには居ないもうひとり。
もう手が届かなくなってしまった人との思い出が、ふたりの間には横たわっている。
幼い時から、ずっと一緒。
幼馴染で、友達で、親友で、家族で・・・でも、もう兄弟にはなれない・・・。
それでも、お互いがお互いを大切に思う間柄。
「あたしも、こんな幼馴染が欲しかったな・・・」
ふたりの苦しさが判る訳じゃない。
心の中にどれだけの傷があるのか、あたしには見当もつかない。
それでも、ふたりは・・・もう居ない子の事を忘れない。
心の中で、ずっと愛し続ける。
そんな関係が、あたしは欲しかった・・・。
あの日。
如月くんがバイト先に来たあの日。
あれから、ちょっとずつでも話すようになって、仲良くなれたと思ってた。
瑠璃や真ちゃんと仲良くなれたように、如月くんとも仲良くなれたと思ってた。
もっと仲良くなれば、あの関係の中に馴染めるって信じていた。
・・・あの3人の傍に、あたしの居場所があるように思っていた。
ううん、そう思おうとしてた・・・。
幼馴染の中に、混じっていきたかったんだ。
でも・・・。
気が付けば、スカートの上に涙の跡・・・。
お昼休みになって、スマホを見る。
やはりというか、あたしが休んだ事を心配するLineが入ってる。
瑠璃も。
真ちゃんも。
碧さんも。
それに、如月くんも。
他にも、クラスでよく話す人は大体Lineしてくれてる。
・・・ありがたいな。
これだけでも、あたしはひとりじゃないんだって実感できる。
学校の休憩時間なんて長くないのに、それでもあたしの為に時間を割いてくれている。
もちろん、Lineで飛んで来る文なんて短いもの。
『大丈夫?』
『風邪?無理しないでね』
『心配だよ。ゆっくり休んで』
内容だって同じようなものだけど、そこにあるのはただの文字じゃない。
あたしという、ひとりの人を心配してくれる心なんだ。
それだけで、あたしは笑える。
少しだけでも笑っていられる。
・・・うん、少しだけでも。
だから、『ありがとう』




