第十三話-3
ああ・・・。
そうか、この本のを寝る前までずっと読んでたから、夢の中で会えたのか。
『あかり』ちゃんの友達、『小春』ちゃんと『遥』ちゃん。
ふたりに会えたら、どんな話が出来るのか・・・、そんな想いが夢に表れたのだろうな。
だとしたら、残念で仕方がない。
せっかく会えたのに、あたしは話が出来なかった。
そっか・・・。あたしは『あかり』ちゃんになっていたんだな・・・。
薄く開いた目で背表紙を愛でながら、片方の手で本を撫でる。
優しく・・・愛おしむように、ゆっくりと。何度も、何度も・・・。
少しだけ目を閉じ、『あかり』ちゃんの夜を思い出す。
まだ最後まで読めてない癖に、冒頭から何度も読み返した、彼女の夜。心の帳。
『・・・勉強したり友達とLineしたり、あとは少しスマホを触ってれば、もう寝る時間。
「思ったよりも、何もない日々なんだよねー・・・」
ベッドに寝転びながら、小さく呟く。
「何かサークルでも入って、友達つくろうかな・・・」
誰かが聞いてる訳でもない独り言。
ふう、と小さく息をついて部屋の明かりを消す。
実家にいたときは煩いと思っていたテレビの音も、見ながら笑う両親の声や足音も、いざ聞けなくなると寂しく感じる。
他人の声があるだけで、『自分はひとりではない』と思えていたのかもしれない。
ひとりの部屋で眠る。
きっと、これも慣れていくのだろう。
外から聞こえる車の走る音。
おしゃべりしながら歩いてる人たちの声。
聞きなれない音でもしたのか、大きな声で吠える犬。
猫のけんか。威嚇する唸り声。
私はベッドの上で布団を頭まで被り、パジャマの袖を握って眠ろうとしている。
うつらうつら、眠りに落ちそうになるたびに、外から聞こえる声が耳に入る。
お酒を飲んで、会社や上司の愚痴を言いあいながら歩いてる人。
浮気したしてないとケンカしながら歩いてるカップル。
「あの人たちはひとりじゃないんだなぁ・・・」
家族が一緒にいることが当たり前だった日常。
煩くても優しかった両親。
学校の友達。
近所のおじさん、おばさん。
離れてしまってからわかる、そのありがたさ。
そんな日常を、ひとりでいちから作るのがひとり暮らしなんだろう。
大学で友達を作り。
バイト先で、歳の違う人たちに接し。
自分の好きなことの中で、新しい人と縁を作る。
「でも・・・」
そこに、長く続く縁はあるんだろうか・・・』
浅い眠り。
短い夢を見ては目覚める彼女。
ひとり。
ただそれだけの事が、彼女にとってはとても大きな悩み。
そして、わたしの心に刺さった棘。
再び目を開き、スマホを見る。
いつもなら起きて、ご飯を食べている時間。
お父さんは出掛け、お母さんもそろそろ出掛けようかという頃だ。
そう・・・。
あたしは、いつも一番最後。
お父さんもお母さんも、あたしを大事にしてくれるし愛してくれてるけど、それでも一番後回し。
それが当たり前だった。
祖父母と一緒に暮らさなくなってからは、ずっとそうだった。
あたしは心のどこかで、それを『当たり前』だと思う様にしていたのだろうか・・・。
少しだけ、心が冷える。
布団の端を握り、顔を埋めながらも身体が震える。
でも、もう起きないと・・・学校に行かないと・・・。
そう思っても、身体が動いてくれない。
「柚葉っ?もう起きないとバスの時間でしょ?」
階下からお母さんの声が飛んで来る。
判っている。
判ってるから・・・今起きるから・・・。
でも、思う様に気持ちが動いてくれない。
ベッドの上に上体を起こしても、それ以上は今は動けない気がする。
・・・でも、お母さんを心配はさせたくない。
だから・・・。
「大丈夫っ!起きてるよーっちょっとだけ寝坊しちゃったから、今日は1本遅いバスで行くよっ!」
そんなつまらない嘘・・・。
でも、今はこう言う事しかできない。
お母さんにはばれる・・・だろうな・・・。
「・・・そう。じゃあ、お母さんも仕事に行くから、お弁当忘れないようにねっ」
それだけ言うと、お母さんも仕事に向かう。
廊下をパタパタと急ぎ、慌ただしく玄関を閉める音がする。
車のエンジン音がすると、そう間を置かず音が遠ざかって行く。
・・・行っちゃった。
あたしの事、信じてるのかな。
それとも・・・ううん、違う。絶対違う。
そんな事、疑うなんてダメ。
ダメなのに・・・。
あたしの言葉、疑って欲しかったのに・・・。
ベッドに仰向けに倒れ込み、天井を見上げる。
見慣れた天井なのに、今はそれが疎ましい。
大きく息を吐き、隣にある本を手に取り、胸の上で抱きしめる。
「あかりちゃん・・・ひとりって辛いんだね・・・」
あたしの言葉が、本の中の彼女に届くことは無い。
それでも言葉にしたかった。
理由なんて無い。
ただ、言葉にしなければ、泣いてしまいそうだったから。
・・・あたしは、今日初めて学校をサボった。




