第十三話-2
階下から足音が響く。
あたしの眠りの中に、小さく遠く、そして静かに・・・。
どこか現実味の無い音。
夢の中から聞こえる声。
『柚葉・・・。柚葉ってばっ!』
うつらうつらとしていたあたしの耳元で、良く通る声が響く。
驚き、顔をそちらに向けると、そこには・・・
『もうっ!・・・普段からぼんやりしてるけど、今日は一段と酷いわよ?』
長い黒髪の女性が、見下ろすように立っていた。
黒く切れ長の目で、耳には大きく丸いピアス。
オフショルダーブラウスに青色のパンツスタイルの美人だ。
・・・あれ?誰だっけ?
『柚葉ちゃん、今日も本読んで夜更かし?美容に悪いよーっ?』
そう、無邪気そうに笑う女の子・・・と言っても、年はあたしと変わらない位。
ボブカールに合わせたのか、白のロングシャツにピンクのスカート。淡い色のカーディガンが良く似合う。
悪戯っぽくあたしの頬を触る指先は、ピンクのラメ入りネイル。
・・・この子は・・・?
『えっと・・・?』
ふたりはあたしを知ってるようだけど、あたしはふたりを知らない。
誰・・・?
小首を傾げながらふたりの顔を見るが、まるで覚えがない。
『・・・なんで、あたしの事を知って?』
小さく、弱々しい声で問うと、ふたりは顔を見合わせて溜息を吐く。
黒髪の女性は腰に手をあて、もうひとりはおでこに手を当てつつ天井を仰ぐ。
その様子からは、このやりとりが普段から繰り返されている事が判る。
・・・判る?
あたしは、このふたりを知らないのに?
黒髪の女性はまるで『お手上げだ』とでも言いたげな顔で、掌をはためかせている。
困っているのはあたしなのに・・・。
『寝不足でぼんやりしながら講義に出たって、全然身にならないわよ?・・・そもそも、そんな様子で歩ていたら、車にぶつかるっての』
車に?
え?歩いて学校に?
あたしは普段バス通学なのに、この人は何を言って・・・?
『柚葉ちゃん、しっかりしてよっ。怪我してからじゃ遅いんだよ?』
ボブの子も、可愛らしい顔に不安を滲ませながら話しかける。
・・・どういう事だろう?
それに学校のはずなのに、なんでふたりは私服なの?制服は??
改めて周りを見れば、そこは見慣れた学校の教室ではなかった。
机はまるで弧を描くように並べられており、教壇を囲んでいるようだ。
え?
ここは??
あたしは周りを見渡す。
広い教室・・・と言うよりは講堂と言う方が良いのだろうか。
あたしが毎日通っている学校の教室の、倍くらいはあろうかと言う程の広さ。
そこに居る人は皆私服で、思い思いの恰好をしている。
気が付けば、あたしも私服だ。
ワンピースに薄手のカーディガンを羽織り、手元には本を抱えている。
ほんのタイトルは・・・
『あれ?』
読めない?
知らない文字?で書かれているのか、あたしはその本が何なのか判らない。
いつも読んでる本なのに・・・?
いつも読んでる本?
『・・・ねえ、柚葉。本当にどうしちゃったの?』
『うん、いつもより変だよ?柚葉ちゃん』
ふたりとも、心配そうな顔をしてあたしを見る。
普段のあたしと違うのは判るけど。。。それにしても、全く何がなんだか判らない。
でも・・・。
『あはは・・・ごめんね。まだ夢うつつだったみたいだよ・・・小春ちゃん、遥ちゃん・・・』
あたしはこの二人を知らないのに、何故だか自然に名前を口にする。
『まったく・・・ゆずはh・・・』
『心配しちゃったy・・・』
途端に声が遠くなっていく。
周りの景色が歪み、世界が黒く塗りつぶされていく。
足元が崩れ、浮遊感が身体を包むかと思った瞬間・・・。
目の前の少女が、あたしの方を振り向く。
見慣れた高校の制服に身を包んだ少女。
その顔は・・・あたし?
泣きそうな顔で、姿勢を崩して落ちていくあたしを見るあたし・・・。
これは・・・一体・・・。
「お母さんっ!行ってくるよっ」
「気を付けてね。慌てて怪我しないようにねー」
階下から声が聞こえる。
弟が、朝練に行くのだろう。急ぐような足音が響き、玄関のドアが大きな音を立てる。
お母さんの声が、台所から聞こえてくると、僅かに味噌汁の香りが漂ってくる。
ああ・・・もう朝か・・・。
あたしの意識が現実に戻って来たのが、薄く開いた目に飛び込む光で判る。
少し遠くに聞こえる・・・ベーコンだろうか・・・が焼ける音。
大きく息を吐き、光に目を眩ませながら、目の前にある本を見る。
タイトルは・・・ああ、読める。
ぼんやりとまだ焦点の合い切らぬ目でも、その文字はちゃんと読めた。
夢・・・か。




