第十二話-2
「いや、ただ藤崎さんが今までよりギャルっぽくなってたから・・・」
「じゃあ、私もギャルっぽくなった方がいいの?そしたら、真は私だけを見てくれるの?」
「ええ?・・・いや、なんでそんな話に・・・」
そもそもギャルが好きなんて話した事無いよ。
久々に見た子が雰囲気変わってたら、気が付いちゃうでしょうに・・・。
「別にギャルが好きな訳じゃないよ。ただ、藤崎さんが変わったから、気になって見てただけだよ」
「気になるって・・・。私が居るのに、他の女の子を見るの?私が居るのにっ!」
「私が居るのにって・・・。クラスメイトなんだから、少しくらいは見たりするよ・・・」
「やっぱりっ!!やっぱり見てるんじゃない!私を見ずに、他の人見てるじゃないっ!」
うーん・・・。俺はただ、藤崎さんの雰囲気が変わったから、ちょっと気になっただけなんだけど・・・。
なんで『浮気』だの『ギャルっぽくなる』だのって話になるの?
どうすれば収まるの?
正直、困り果てている。
さっきから瑠璃はハムスターになったままだし、「他の人を見てるっ!」って怒ってばかりだし。
何か不満が起きた切っ掛けでも・・・って、それは藤崎さんがイメチェンしたのに気が付いたからで、挨拶程度に手を振ったりはしたけど、別にデレた訳じゃないし・・・。
俺はギャルが好きな訳じゃないし、それを言えば瑠璃以外好きな子なんて居ないんだし。
でもそれは瑠璃だって判ってるはずだよね?
だったら何が・・・?
「なんで黙っちゃうの?私の事、面倒だと思ってるの?」
「そんな事、思ってないよ」
「うそっ!」
「本当だよ?」
「うそよっ!」
「だから、本当だって・・・」
「うそうそっ!うそだっ!」
「本当だよ?面倒なんて思ってないよ??」
「・・・う~~~・・・」
「ね?信じて?」
「・・・」
肩を震わせ、眉を顰める瑠璃。
その真剣さは、痛いほどに俺の心に突き刺さる。
それでも・・・。
「・・・」
あー・・・黙っちゃった・・・。
見れば、瑠璃は拳を握り締め、俯いて下唇を噛んでいた。
僅かに瞳が揺れ、涙が零れないよう堪えている。
心の中の強い気持ちに振り回され、まるで言葉に出来ない不安に押し潰されているかのよう。
こんな瑠璃を見るのは、いったい何時以来だろうか。
俺が怪我をした時?
剣道を諦めた時?
いや、その時は大泣きしていたっけ。
おじさんに怒られた時?
お転婆が過ぎて、おばさんに怒られた時?
いや、違う。
祐也が、俺と同じ道場で剣道を始めた時だ。
あの時は確か・・・。
散々ゴネて、『真の隣にいるのは私だもんっ!!』って泣いたんだっけ・・・。
・・・懐かしいな。
思えば、瑠璃はずっと俺の隣に居たんだよな。
お互いの家がご近所で。
両親同士も幼馴染で友達で。
俺たちも小さい頃から一緒に居て。
一緒に遊んで、ご飯を食べて、昼寝をして。
幼稚園も小学校も一緒。
でも、小さい頃の瑠璃は元気でお転婆で、男の子とでも平気で喧嘩してたんだよな。
背が伸びるのも早くて、足も速くて、俺は置いて行かれそうだった。
でも、瑠璃は隣に居てくれた。
ずっとずっと、隣に居てくれた。
俺が、『瑠璃が離れるかもっ』て不安な時でも、変わらず一緒だった。
そうか・・・。
俺はずっと瑠璃と一緒で、ずっと瑠璃を見てたんだ。
そして、瑠璃はずっと俺と一緒で、ずっと俺を見ていたんだな。
瑠璃は、『俺が左手の自由を失ったから』一緒に居るんじゃないんだ。
俺と同じで、『ただ一緒に居たい』んだ。
ただ自然に、俺と瑠璃は一緒に居て良いんだ。
そう思えれば、ハムスターと化した瑠璃の不満も、少しだけ理解出来る。
いや、俺には実感としてあったじゃないか。
瑠璃が『告白』の呼び出しを貰った時に感じる、もやもやした感じ。
今の瑠璃の心にあるのは、あの不安なんだろうな。
いつも、『断ったわよ?』と、事も無げに言ってくれる安心感。
俺は、瑠璃にそんな安心感をあげてないんだな。
だから・・・。
俺は少し膝を折って、瑠璃を見上げる。
瑠璃の瞳が俺を見下ろし、唇を噛みしめている。
震える肩。
泣きそうな瞳。
・・・そうだね、不安だよね。
俺も、瑠璃が告白で居ない時は、このくらい不安だもの。
でもね・・・。
俺は少しだけ微笑みながら、瑠璃の髪に手を伸ばす。
柔らかく綺麗な髪。
左手に伝わる感触が優しい。
柔らかく、解けるような手触りが伝わって来る。
そのまま、少しだけ瑠璃の頭を撫でてあげる。
少しだけ、驚いたような表情を浮かべ、そしてまた元の様に不機嫌を纏ってしまう。
いや、不機嫌じゃないな。
『不安』だな。
日の光が強くなり、僅かに瑠璃の表情が見えにくくなるけれど、俺は気にしない。
大丈夫、瑠璃が見せてくれた弱さだもの。
絶対、振り払って見せる。
だって、俺は今、瑠璃だけのものだから。
だから、この笑顔も瑠璃だけに。
「瑠璃・・・。今日はお弁当とは別に、包みを持って貰ったよね?あれ、なんだと思う?」
少しだけ覗き込むように首を動かしながら、俺は瑠璃に問う。
瑠璃も少しだけ考えるようだけど、もちろん判る訳はない。
無言のまま、小さく首を振る。
うん、そうだよね。
「あれはね、俺・・・私が作った卵焼きなんだよ。瑠璃に食べて貰いたくって作ったの」
「・・・私に・・・?」
瑠璃の瞳に、驚きが広がる。
堪えていた涙が、瞳一杯に溢れそう。
そんな瞳を見つめながら、俺は目を細めて小さく頷く。
「今ね、料理を練習してるんだ。・・・まだ出来ない事ばかりだし、失敗も多いけど、でも瑠璃が食べてくれたら・・・って思ったら頑張れるんだよ。美味しく作りたいって、心の底から思えるんだよ」
「・・・」
「お・・・私はね?瑠璃が喜ぶ顔が見たい。瑠璃に『美味しいっ』て喜んで貰いたい。私の料理で、瑠璃に元気になって貰いたい・・・そう、願ってるの」
「私に・・・」
「そう。瑠璃に、だよ」
「・・・私・・・」
俺は大きく頷き、瑠璃に笑顔を返す。
不安そうな顔のまま、まだ涙目の瑠璃。
その頬を、俺は左手で軽く触れる。
柔らかく、ちょっともちっとした肌触り。
そういえば、この間は俺の頬を摘まんで遊んでいたな。
そんな事を思い出せば、自然と「ははっ」と笑いが零れた。
・・・自然に笑える。
いや、俺は笑えない訳じゃない。
笑顔も作れるし、楽しければ笑う。
でも、こんな風に誰かの前で自然に笑う事が出来るなんて・・・多分、瑠璃と祐也の前だけじゃないかな。
どこか負い目のある俺だけど、ふたりの・・・いや、家族の前では笑っていたい。
笑っていたい・・・。
小さな事かもしれないけど、きっとそれは大切な事。
笑う事が出来ないなんて、そんな苦しみは瑠璃には味わって欲しくない。
瑠璃の笑顔が、俺の隣にあれば・・・。
そして。
俺の笑顔が、瑠璃の隣にあれば・・・。
それだけで、俺たちは多分幸せなんだ。
だからこそ、瑠璃には笑っていて欲しい。
そんな思いを込めて、瑠璃の瞳を見つめる。
少しだけ目を細め、微笑みを返してくれる瑠璃。
そして・・・。
「ねえ、その卵焼き・・・。教室についてから食べちゃダメ?」
少しだけ微笑みながら、それでも真面目な口調で聞いてくる。
それが少しだけ可笑しくて、途轍もなく愛おしくて。
・・・こんな時くらい、正直に甘えて欲しいな・・・なんて思えてしまう。
お昼時に、皆にも見せてから食べて貰いたかったけど・・・。
俺は小さく笑いながら、
「ひとつだけだよ?」
そう告げた。




