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第十一話-1

目覚まし時計のアラームが鳴る。


まだ薄暗い時間。


いつもであれば、まだ寝ているような時間。


俺・・・いや、私は薄く目を開けると、僅かに明るい天井が目に入る。


まだ山裾に隠れているであろう朝日が、空を紫と東雲色に照らしあげる。


カーテンが薄いオレンジ色に染められ、この後の明るさを予感させる。


小さく息を吐き、鳴り続けるアラームを止めてから、ベッドの上に上体を起こした。


まだ眠い。

大きく欠伸をしつつ、両腕を伸ばす。

背筋が伸びる感じが心地良い。


「ん~~~・・・っ」


腕を左右に開くと、胸骨も一緒に開くのか、肺に自然と空気が入る。

肺に満たされた新鮮な空気が、一気に脳を覚醒させた。


はあっ、と大きく息を吐いて、頬から首筋、そして喉のあたりを撫でると、掌の柔らかさと温かさが身体の中に伝わって来るようだ。


汗はない。


いつも見ているあの夢も、今日は・・・いや、今日も現れなかった。


もちろん、もう見なくなったなんて事は無い。


ただ、少しだけ頻度が少なくなった・・・ような気がする。

その事実に、少しだけ頬が緩んだ。


「・・・さて」


誰に言うでもなく小さく呟くと、俺・・・私はベッドを後にする。

部屋着の長袖Tシャツとルームパンツに着替えて階下へと足を運ぶと、台所にはもう母の姿があった。


毎日、こんな朝早くから、家族3人分の朝ごはんとお弁当を作ってくれる母。


心のどこかで、それを当たり前のように感じていた自分が情けない。

だから・・・という訳でもないのだけれど。


「おはよう、母さん」


俺・・・私は母の背中に声を掛ける。

振り向く母は、まだ髪も整えず化粧もしてはいない。

自分の事よりも、先に家族の事を考えてくれる。

それを当たり前の事としてくれる母。


そして。


「あら、今日も早く起きたのね。おはよう、真」


そう言って、少しだけ笑ってくれる。


俺も・・・少しだけ目を細め、小さな笑顔を返す。


炊飯器から湯気は立っていないが、あたりには微かに米の煮えたような甘い香りが残っている。

・・・昨夜のうちに、準備してくれていたんだな。


「・・・うん。ありがとう、母さん」


その言葉が自然と口をつく。


でも、母は小さく笑い、「ふふっ、変な子ね」と肩を竦めた。


その手元には、ベーコンとジャガイモが細く切られており、耐熱皿に並べられている。

小さなボウルには、まだ割られていない卵。

シュレッドチーズも塩胡椒も、もう準備してくれている。


・・・本当なら、全部俺・・・私がやるべき事なんだけどな。


仕方ないと言えば、まあ仕方ない。


まだ悪夢にうなされ、この時間に起きられない事がある以上、ある程度は進められるようにするのも母のやり方なんだ。


俺の我儘で、時間ギリギリになるのは避けたいしね。


・・・そう。


俺・・・私はここしばらく、朝から母に料理を教えて貰っている。

料理と言っても、お弁当に入れる卵焼き程度しかまだ出来ないけれど。


それでも、少しずつでも出来る事が増えれば良い。

無理をしない程度で良いんだ。


食卓の椅子に掛けてあるエプロンを手にして、手早く身に付ける。


背中側の留めはマジックテープ状になっているので、簡単に付け外しが出来るのが有難い。

シュシュで髪を纏めて背中に流せば、準備完了。


「それじゃ、作りましょうか」


優しい声で、母が微笑む。


「うん、お願い」


小さく頷き、軽い足取りで母の隣に立つ。

ジャガイモとベーコンは、先にレンジで加熱してあり、もう粗熱も取れている。


ボウルに卵を割り入れて、軽く塩胡椒。


軽くふんわりと混ぜるのだけど、意外と加減が難しい。


男の時の感覚が抜けないので、どうしてもしっかりと混ぜそうになってしまう。


気を付けながら、ゆっくりふんわり。


卵焼き用のフライパンを温めて、軽く油を引いたら、先ほどの卵を薄く全面に伸ばすように流し入れる。

半熟になるまで中火で待ちつつ、ジャガイモ、ベーコン、シュレッドチーズを並べる様に置き、焼き固まって来た端からゆっくり転がすように具を包み込む。


一旦、フライパンの奥側に寄せて、空いたスペースに軽く油を引き、また薄く卵液を流して巻く。


それを2回繰り返したら、形を整えてから表面に焼き色を付けて完成。


・・・と、母は簡単そうに仕上げてくれるんだけど、卵を綺麗に巻くのって難しいよね。


「失敗しても良いのよ。・・・ただ、『失敗しちゃった』で終わらせてはダメ。『なんでだろう?』って考えながらやれば、すぐに出来るようになるわよ」


・・・なるほど。

母さんも、何度も失敗はしてるんだね。


思わず口元に手を遣り、「ふふっ」と笑ってしまう。


そっか、母さんでも失敗はあるんだ。


当たり前の事ではあるけど、やっぱり少しだけ驚きはある。

色々な事を手際よくこなす母の姿からは、料理の失敗なんて想像できないもの。


「もうっ!なんでも最初から全部出来る人なんていないわよ。・・・失敗すれば良いの。それが、出来る事を増やす近道なんだから」


少しだけ真顔に戻る母。


それでも、目元は笑っててくれる。


それが嬉しい。


うん、嬉しい。


「・・・そうだね。うん、まずはやってみるよ」


俺・・・私も笑顔で答える。


場所を譲るように横にずれる母に変わり、俺がフライパンを握る。


母がやってたような手順で、作ってみるけれど・・・。


出来たのは、やはりと言うか・・・ちょっと歪な形の卵焼き。

焦げては無いけれど、母の作った綺麗な形とは比べるべくもない。


ま・・・これは3人の朝ごはんだな。


母も、俺の隣で口元に手を遣って小さく笑っている。

俺も思わず笑ってしまう。

少しの間お互い言葉もなく、クスクスと笑ってた。


そして、改めて新しい卵焼きを焼く。


あと2本。


綺麗に焼けますように・・・。

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