第十話-4
そのひと言がとても嬉しくて、同時に驚いて、そして悲しくなる。
・・・多分、判っちゃうんだろうな。
今、あたしが言葉に苦しんでるって・・・。
クッキーのおかげで、少しだけ小さくなっていた気持ちが、また目に集まってくる。
涙が溢れそうで、あたしは唇を噛む。
でも気持ちを伝えたくて、声を出そうとするけれど、やっぱり言葉が出て来ない。
ああ・・・。
たったあれだけの言葉しか持たないあたしなんて、『情けない子』だと思われてるのかな。
『勉強の足りない子』かもしれない。
時々でも見る如月くんは、よく本を読んでるもの。
どんな本を読んでるか知らないけれど、きっといろんな言葉を知ってるんだろうな。
あたしの胸の奥にある感情なんて、言葉として判るものなんだろう・・・。
『礼儀を知らない子』かもしれない。
感謝の言葉も満足に伝えられない、そんな可哀想な子。
情けない・・・。
心が重い。
気持ちを言葉で伝えられない事が苦しい。
彼への感謝と自分の情けなさが同居して、まるで輝く空を水面の底から眺めているような・・・そんな気持ちになる。
自らは沈みながら・・・光から遠ざかりながら。
もう、諦めてしまった方が楽なんじゃないかな・・・。
水面の底から空に向かって手を伸ばしても、もう届かないかもしれないんだし・・・。
でも、彼は・・・如月くんは・・・
「ありがとう、秋山さん」
笑顔で感謝を伝えてくれる。
そうか・・・。
『ありがとう』なんだ。
『何に』感謝してるか、『誰に』感謝してるか、『どれくらい』『どれほどに』感謝してるか。
そんなものは必要ないんだ。
ただ『感謝』だけが伝われば良い。
良いんだ・・・。
そうか・・・そうだよね。
あたしの中にあるのは『感謝』なんだって最初から判っていたのに、考えれば考える程に判らなくなっていたんだね。
答えは最初から持っていたんだ。
『ありがとう』って言葉が、あたしの心の中に広がって行く。
水面の暗闇に沈んでいくあたしの手を、如月くんが掴んでくれた・・・そんな気持ちになる。
ああ、嬉しい。
ただただ嬉しい。
だから今、遠慮はいらない。
あたしの瞳から、涙が一筋零れる。
まだぎこちない笑顔に涙が一筋零れる。
少しだけ震える声で、あたしは彼に心を届ける。
「ありがとう、如月くん・・・」
この言葉の後ろに、どれだけの気持ちが籠っているのだろう。
『感謝』という気持ちを表す言葉。
日常の中で、気軽に使う言葉。
短く簡潔で、それでいて確実に気持ちが伝わる言葉。
すごい言葉なんだね。
如月くんも同じ気持ちなのかな?
・・・ううん、同じ気持ち。
そう言い切れる。自信がある。
だって・・・。
今、ここに居てくれるんだから。
あたしを見てくれるんだから。
彼の笑顔が、あたしに向けられてるから。
彼は小さく頷いてくれる。
何も言わず、ただ頷いてくれる。
だから、あたしも小さく頷く。
潤んだ瞳のまま、大きな笑顔を彼に・・・。




