第一話-4(改)
放課後。
俺は昇降口の柱に凭れかかり、瑠璃を待っていた。
部活に励む生徒たちをぼんやり眺めながら、ただひとり、何をするでもなく立ち尽くす。
柔らかな風がスカートをわずかにはためかせる。
軽く手を添えるだけで十分だった。
髪がコンクリートの柱に挟まれないよう、右肩から前へ流す。
傍から見れば、ワンサイドダウンみたいに見えるのかもしれない。
背中を柱に預けたまま、俯いて小さく息を吐く。
瑠璃を待つ時は、いつもこうだ。
ひとりでグラウンドを眺めながら、じっと待つ。
何をするでもなく、ただぼんやりと。
この時間は、何も与えてくれない。
前へ進む勇気も、未来への希望も。
それを掴むための手段も。
ただひとつ――
瑠璃が俺のもとから離れてしまうかもしれない、という不安だけを残していく。
たしかに瑠璃は言っていた。
「すぐ戻るから」
「一緒に帰ろう」
ちゃんと約束もした。
それでも。
今、彼女は屋上にいる。
朝の手紙の相手に会うために。
朝とは違って、どこか楽しそうにも見えた。
機嫌が悪そうだったのは、告白されたからではなく、むしろ逆だったのだろうか。
もし、今回は断らなかったら。
相手の気持ちに応えようと思ったなら。
俺の隣から離れると決めたなら。
――もう、一緒にはいられない。
そんな考えが、次々と胸の奥を掻き乱していく。
いや。
考えすぎだ。
瑠璃に限って、そんな回りくどいことはしない。
もし誰かを選ぶなら、きっとはっきり言う。
俺に向かって。
さよなら、と。
その想像だけで、胸が鈍く痛んだ。
俯いたまま、大きく息を吐く。
足元の階段を、ただ見つめる。
こんなことを考え続けるくらいなら、図書室にでも行けばよかった。
ひとりで待っているから、こんなふうに沈んでいく。
まるで嫉妬みたいで、自分でも呆れる。
自嘲するように小さく笑い、ゆっくり顔を上げた。
空は少しずつ赤みを増していた。
流れていく雲を目で追う。
ひとつだけ、小さな雲の塊が他から遅れて流れていく。
形を変えながらも、どの雲とも交わらず、ただ置いていかれるように。
西の山際に広がる雲は、いくつもの色に混じり合って茜色へ染まっていくのに。
そのひとつだけが、取り残されている。
俺は表情もなく、それを見つめていた。
「……ひとり、か」
誰に向けるでもなく、ぽつりと零す。
誰もいない。
この場所には、今、俺しかいない。
取り残されたみたいな感覚。
広いはずなのに、息が詰まるほど狭い世界。
熱もなく、冷たさすら感じない空間。
手を伸ばしても、何にも届かない。
暗く、深く、底の見えない渦の中に沈んでいく。
――誰か。
ここから、出してくれ。
……瑠璃。
「……なに、ぼんやりしてるの」
いつもと変わらない、少し呆れたような声。
はっとして振り向くと、いつの間にか瑠璃が隣に立っていた。
少しだけジト目で、こちらを見上げている。
「……え? あれ……瑠璃?」
驚いて、思わず何度も瞬きをしてしまう。
でも、飛び上がるような驚きじゃない。
胸が少しだけ高鳴った。
それは、突然現れたからじゃない。
心の中の不安を、彼女に見透かされた気がしたからだ。
「ん? 今戻ったところだけど」
瑠璃は軽く首を傾げ、それから少しだけ口調を強めた。
「まさか、私が告白OKしたとか思ってないでしょうね?」
その一言に、心臓がひやりとする。
けれど、次の瞬間。
「ちゃんと、お断りしたわよ」
少し拗ねたように言ってから、すぐにいつもの柔らかな笑顔に戻る。
その笑顔だけで、胸の奥に溜まっていた不安が少しずつほどけていく。
瑠璃はそっと俺の左手を取った。
そして、壊れ物に触れるみたいに、ゆっくり撫でる。
「大丈夫よ」
優しい声。
「私は、真の隣にいるわ」
まっすぐに目を見つめながら、瑠璃は続ける。
「だから、そんな不安そうな顔しないで。……お願い」
……やっぱり。
全部、お見通しなんだ。
敵わないな。
そう思った瞬間、不思議と笑みが零れた。
さっきまで胸の中を埋めていた暗い不安は、もうほとんど残っていない。
ただ。
瑠璃が隣にいてくれる。
それだけで、どうしようもなく嬉しかった。
「……うん。大丈夫。ありがとう、瑠璃」
感謝を込めて笑うと、
「……うん」
瑠璃も小さく頷いて笑い返してくれる。
これでいい。
今は、これで十分だ。
少しだけ見つめ合ってから、ふたり並んで校門へ向かう。
帰ろう。
ふたりで、一緒に。




