第一話-3(改)
昇降口に入る。
短い階段の先に下駄箱が並び、足元には泥除けの簀子が敷かれている。
登校してくる生徒は多いが、まだ混み合うほどではない。
俺と瑠璃の下駄箱は少し離れている。
先に上履きへ履き替え、廊下へ向かおうとして――足を止めた。
瑠璃がまだ下駄箱の前に立っていた。
足元には、ふたり分のバッグ。
その手には、一通の封筒。
……ラブレター。
そう思った瞬間、胸の奥がざわついた。
今どき珍しいと思う。
スマホがある時代に、わざわざ紙の手紙。
でも逆に言えば、連絡先を知らない相手なのだろう。
瑠璃は小さく息を吐き、封を切った。
中身に目を通し、さらにもう一度、大きくため息をつく。
さっきまでの笑顔に影が差し、わずかに眉が寄る。
その横顔さえ、妙に綺麗で。
嫌になる。
手紙を丁寧に折りたたみ、瑠璃がこちらへ歩いてくる。
そして、俺の前で立ち止まり、手紙を差し出した。
「……気になる?」
声音は静かだった。
けれど、どこか機嫌の悪さのようなものが滲んでいる。
「……うん」
小さく答えて受け取る。
でも、開けることはできなかった。
見たい。
でも、見てはいけない。
それは瑠璃に宛てられたものだ。
俺が踏み込んでいい場所じゃない。
俺は小さく息を吐き、そのまま手紙を返した。
「……私が見ていいものじゃないでしょ」
言いながら、胸の奥に鋭い痛みが走る。
棘が刺さったような、小さくて冷たい痛み。
いつか。
いつか瑠璃が誰かを選んだ時、俺との今の関係は終わる。
わかっている。
それでも苦しい。
「……どんな人か、私もわからない。でも、ちゃんと返事はするわ」
瑠璃は俯いたまま言う。
その瞳が、一瞬だけ俺を窺うように揺れた。
何かを待っているようにも見えた。
――行ってほしくない。
そんな言葉を、俺が口にするのを。
でも。
言えない。
言ってはいけない。
ふたりで並んで廊下を歩く。
周りの生徒たちが足早に通り過ぎる中、俺たちだけが少しゆっくりだった。
窓の外の山の若い緑が、風に揺れて白い葉裏を見せる。
何もかも、少しずつ変わっていく。
俺たちの関係も、きっと。
その考えに押されるように、俺は足を止めた。
そっと左手を伸ばし、瑠璃の手の甲に触れる。
やわらかく。
ほんの少しだけ。
「……私、夕方待ってるから」
言葉を選ぶように、ゆっくり続ける。
「瑠璃が帰ってくるまで、ちゃんと待ってる。だから……」
少しだけ微笑む。
瑠璃が目を見開いた。
驚いたような、安心したような表情。
でもすぐに、いつもの凛とした笑顔に戻る。
俺の好きな笑顔。
彼女の右手が、俺の左手をそっと包んだ。
力を込めず、やさしく。
「……うん。待ってて」
瑠璃は柔らかく言う。
「話を聞いたら、すぐ戻るから。だから今日も、一緒に帰りましょう」
少しだけ間を置いて。
「……約束よ?」
「うん。約束」
どちらからともなく手を離し、ふたり笑顔のまま教室へ向かった。




