第八話-5
空を見上げ、軽く息を吐く。
楽しい・・・か。
今、俺は『楽しい』と感じられる事があるのだろうか。
趣味らしい趣味も無く、毎日を学校と勉強と、後は瑠璃と一緒に過ごす。それが終わり、ひとりになった時、俺は何をしているのだろう。
ぼんやりと本を読んだり、スマホを触ったり、少しゲームをしたり・・・か。
その中に、自分の成長に繋がる事はあるんだろうか。
バイトでもなんでも、出来る事が増えるって事は、自分の成長が見えるって事なのかな。
何かひとつでも出来る事が増えれば、それは自信に繋がって行くんだろう。
そして出来る事が増え、他の人からの信用や信頼が得られれば、それは大きな成功体験として次に繋がって行く。いや、ひとつひとつの小さな成功の積み重ねと、それを認めて貰える事が、自分と言うものを形作る土台になるのではないか。
もちろん、彼女が言う様に、嫌な事だって起こるだろうけれど、それだって長い目で見れば良い経験なのかもしれない。
今の俺に足りないもの・・・。
それは自信。
それがあれば、もっと瑠璃とも向き合えるだろう。
瑠璃に、『告白呼び出しになんて行かないでくれ』と言えるのだろうに。
そんな事をぼんやりと考えていると、後ろから声が掛かる。
「お待たせ・・・って、どうしたの?随分と神妙な顔しちゃって」
「・・・えっ?あぁ、瑠璃・・・ううん、何でもないよ」
「そう・・・?何か考え事か、憂い事でもあるようだったけど?」
・・・誤魔化しは効かないか。
まあ幼稚園の頃から一緒だし、俺の左腕の怪我の頃からはほぼ付きっ切りのようなものだ。そのせいか、お互いに中々隠し事は出来なくなってる。
もちろん、全てではない。
お互い気付かれないようにしている事はあるだろうし、少なくとも俺はある。
自分の気持ちは、瑠璃には気付かれないようにしないと・・・。
そう思ってはいる、いるけれど・・・。
瑠璃の顔を見たら、安心して気が抜けたのだろうか。
「瑠璃を呼び出した人と、どんな話をしたのか・・・気になってただけだよ」
思わず、本音が出てしまった。
しまったっと思った時には、もう遅い。言葉になって表れてしまったものを、消す事なんて出来ない。
こんなの、まるで瑠璃の事を縛っているみたいじゃないか・・・。
『気持ち悪い』とでも思われるだろうか・・・。
嫌われてしまうんじゃないか?
距離を取られてしまうんじゃないか?
そんな不安が、俺の心の中に沸き上がる。
同時に先ほどの『瑠璃を手放したくない』って執着に似た感情も、その鎌首を擡げたように感じ、動悸が激しくなり、胃のあたりに違和感が現れる。
ああ、瑠璃。お願いだ、俺の傍に居てくれ。
俺を見放さないでくれ。俺には、お前が必要なんだ。
お前が居ない人生なんて、何の意味も見いだせないんだ。
お願いだ・・・。
お願い・・・。
息が詰まり、喉が干上がる・・・。
お願いだからっ!!
目の前が回るような感覚が込み上げて来て、蹲り、胸を掻きむしりたい衝動に駆られる。
恐ろしい。
拒絶されるのが怖い。
俺の前から瑠璃が居なくなる時が、もうそこまで来ていると感じるだけで、これ程に心が壊れそうになるなんて・・・。
ああ・・・。
「告白なら断ったわよ。・・・言ったでしょ?今は彼氏なんていらないし、誰かと付き合うなんて考えてないもの」
事も無げな様子で、瑠璃はあっさりと言い切る。
確かに、今までだってそうだった。
でも、これからもそうだとは言い切れない。
相手の熱意が、瑠璃の想像以上なら?
相手がアイドルのような容姿であったら?
性格的に合いそうな人や、瑠璃が興味を持っている人に告白されたら?
そんな考えが頭から離れない。
ぐるぐると、頭の中を掻き毟るかのように、否定しても否定しても、何度でも沸き上がってくる。
何度も何度も・・・。
それに、相手に関係なく、俺から離れる事だって有りうる。
今回みたいに、瑠璃に干渉するような事を言って・・・。幸い、今回は気にしないでくれたみたいだけど、次もそうだとは限らない。
『気持ち悪い』と思われたが最後。もう、瑠璃の隣には居られなくなってしまう。
そんなの・・・。そんなのは・・・嫌だ・・・。
気が付けば、俺は泣いていた。
拳を握りしめながら涙を流していた。
大粒の涙が、ぽろぽろと零れ落ち、止める術が無かった。
まるで、小さな子供が知らない場所で、心細く悲しむように涙を零していた。
『瑠璃に嫌われたくない』
ただ、それだけが心の底からの沸き上がり、涙を溢れさせていた。




