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第八話-2

瑠璃に相応しい男になる為に、剣道を始めた。


瑠璃は活発でお転婆で、ひ弱な男なんて目もくれない。


元気に走り続ける瑠璃に追いつき、並んで歩けるようになる為に、俺は剣道を選んだ。


気持ちも身体も、瑠璃を守れるくらい強くありたかった。


守りたかった。

いや、守れたんだ。


石で足を滑らせ、山道から落下しそうになった瑠璃。


その場に飛び込み、瑠璃を守る事が出来たのは、覚悟とそれまでの鍛錬の証だ。


だから、どれだけ傷を負おうと後悔はない。

左手は自由が利かなくなったけど、それだって俺にとっては勲章であり誇るべきものだ。


でも、それ以降、俺は何も出来ていない。


左手はリハビリのおかげで、生活には問題ない程度には回復したけれど、剣道を続ける事は出来なかった。

竹刀が十全に持てないのだから、諦めるしかなかった。


心のどこかに穴が開いたようで、虚無感から何事にも熱中することは無くなった。

勉強にも、運動にも、どこか集中出来ない。

趣味も、何かを始めてもどこか上の空で、徐々に手を付けなくなってしまった。


ただぼんやりと、毎日を過ごしている。


今だってそうだ。


今朝、瑠璃の下駄箱に入ってた手紙。


あれはきっと、告白の呼び出しなのだろう。


瑠璃は些か難しい顔をしていたが、その手紙を無視する事はしていない。


『別に彼氏なんて・・・』と言ってたけれど、本当に興味はないんだろうか?


隣に俺がいるせいで、瑠璃の自由を奪ってしまっているのであれば、本当に申し訳が無い。

瑠璃には瑠璃の自由があるのに、俺が台無しにしているのではないか?


グラウンドに響く、同級生たちの声。


その声をどこか遠くに感じながら、内なる声が囁く。

自分の足で立って歩け、と。

己の行いを誇るなら、それを否定するような事はするな、と。


でも俺が自分で立ち上がった時、瑠璃は俺の隣に居る事を選んでくれるだろうか。


選んで欲しい、とは願っている。でも、瑠璃が選ぶなら、彼女と道を違える事も覚悟しなければならない。


それが、俺は怖い。


だから・・・。


ふうっと息を吐いて、視線を山の木々に向ける。

傾き始めた日の光が、木の影を通して俺たちを照らす。

赤みが増した光がグラウンドに差し、影を少しずつ伸ばしていく。


「瑠璃・・・。遅いな・・・」


いつもの瑠璃であれば、相手と多少話すにしても用件が終わればさっさと引き上げて来るのに、今日はまだ戻っては来ない。


俺には理由は判らない。


相手と話が弾んでいるのか、それとも相手が来るのが遅れているのか。

ただ雑談をしているのか、それとも相手の告白を受け入れて、次の約束を相談でもしているのか。

先生に何か用事でも頼まれたか、他の友達に捕まったか・・・。

教室に戻って、俺が居ない事を心配して校内を探している・・・のは無いな。


流石に、そこまで心配性ではないだろう。


まあ、理由は判らないけど、いつもの告白呼び出しとは、少し違う気がした。


なんとなく、もやもやとした感覚がある。

心がもやもや・・・ではなく、なんとなく胃のあたりが気持ち悪い。

瑠璃が傍に居ないだけなのに、こんな気分になるなんて・・・。


やっぱり、これは不安なのかな?

瑠璃が、俺以外の誰かのものになるかもしれないって考えが、これ程の不安を掻き立てるのだろうか。

俺は、瑠璃が自分の人生を生きる事を望んでいるはずなのに、その可能性を感じただけでこんなにも不安で堪らなくなる。それほどに、俺は瑠璃に執着しているんだろうか。


頭を振ってその考えを振り払おうとしても、まるで粘度の高い油脂のように思考に取り付いて剝がれない。

思考だけじゃなく、瑠璃への執着はまるで形があるかのように、俺の顔を、胸を、腕を手を覆うかの様に広がって行く。

その感触が、形が目に見えるのではないかと思われるくらい、身体中に広がり続ける。

俺の心に棲むモノがその鎌首を擡げたのか、黒い感情が沸き上がってくる。


嫌だ、嫌だ。


こんな感情、俺じゃない。


俺は瑠璃に幸せになって貰いたいんだ。


瑠璃を縛り付けたいんじゃないんだ。


ただ、瑠璃に笑っていて欲しい。


心の底から笑って欲しい。


昔の様に・・・あの夏の空に向かう大輪の向日葵のように。

俺の好きなあの笑顔で、幸せを掴んで欲しいんだ。


俺は・・・っ!!

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