第七話-2
ふうっと息を吐き、肩を抱いていた腕を解いた時、制服のポケットの中に異物感があった。
ハンカチではない、紙のようなガサガサとした感触。
あぁ、と思い出し、ポケットの中からそれを取り出す。
朝、下駄箱の中に入っていた手紙だ。
このスマホ全盛の時代に、紙の、しかも手書きの手紙だ。
わざわざ丁寧な字で、『北条瑠璃様。お話したい事があります。放課後、屋上までお越し頂けますでしょうか?』とだけ書かれた手紙。
差出人の名前はない。
単に書き忘れたのか、それとも、知られると私がここに来ないと思ったのか。それは本人のみが知る事だ。
だけれど、丁寧な字を書く人が、他人に届ける手紙に自分の名前を書き忘れるような事があるだろうか?
私なら、そんなミスはしない、と思う。多分。
わざと名前を書かなかったのなら、この差出人は、自分が私に認識されていないと思っているか、それとも好かれていないと感じているか。どちらかなのだろうか。
他の可能性は判らない。
でも、ひとつ思う事は、この差出人は、私に好かれてはいない、もしくは知られてはいないとしても、その想いを伝えようとする勇気のある人だという事だ。
この差出人だけじゃなく、今まで告白してきた人、全ての人をそう思っている。
そう言い切れる。
何故なら、私には男友達や仲の良い男の子、そういった類は、真以外いなかったのだから。
どれだけ真以外見ていなかったか、交友関係を見るだけで判ってしまうくらい、私は真しか見ていない。
ああ、たまには祐也も見るか。
そんな私に告白する人たちにとって、私の事を知る機会なんてほとんどないはず。
それでも好ましく思ってくれて、その想いを伝えようとするなんて、私には到底真似が出来ない事だ。
正直、羨ましい。
その勇気を持てる心の強さが、何より羨ましい。
そんな人たちに比べれば、私なんて・・・。
お互いに好意を持っている、と思っていてすら何も言えないのだから。
私にその勇気があれば、と常々思っているのに。
だから、今朝、この手紙が下駄箱から出て来た時、私は『またか』なんて思わなかった。
『面倒くさい』とも思わなかった。
ただ純粋に、『今度の人は、どんな人なのか』という興味があった。
それはもちろん、真に想うような感情とは別種の、言うなれば『私のように、誰かに執着するような女を好むのはどんな人なのか』という単純な興味。そして『私の事をよく知らないのに告白しようと考える、勇気のある人』に対する敬意だ。
そして、その人の見せる勇気を、私は知りたいと願った。
少しだけでも、その姿勢を学びたかった。
だからこそ・・・。
『おーっ!お誘いの手紙??・・・瑠璃は相変わらずモテるわねー』なんて、茶化したような柚葉の言葉に、不快を感じてしまった。
柚葉の言葉に悪意なんて無い。そんな事は判っていても、気分の良いものではない。
思わず俯き眉間に皺が寄る。少し気持ちに波が立った分、手に余計な力が入ってしまったのか、封筒の端を思わず握り締めてしまう。
僅かに歪む封筒。
その光景を見た何人かが、
『北条さん、また告白の呼び出しだって』
『封筒握り潰そうとするくらいだし、気に入らない相手なんじゃないの?』
『相手にされないの判ってて、それでもコクろうって気持ちわかんないよねー』
『いやー、ワンチャン狙いかもよ?瑠璃だって、もしかしたら気持ち動くかも』
『ないないっ。あの子が告白された程度でデレるもんですか』
などと笑っている。
彼女たちだって、悪気がある訳じゃない。そんな事は判っている。
私の普段の行動や言動が、彼女たちの印象にあるだけだ。
私の印象を元に、差出人を笑っているんだ。私の普段が、差出人を貶めているようなものだ。
だから、彼女らに言ってやりたかった。
『あなたたちに、この人を笑う資格があるのか』と。
『断られると思っても、自分の想いを伝えようと勇気を出せる人を、凄いと思えないのか』と。
『自分の気持ちに正直になれる。それを羨ましく思えないのか』と、大声で言ってやりたかった。
もちろん、差出人に告白されたって、断る事に変わりはない。
でも、この人を笑うなんて、私には出来ない。
この手紙の人が誰なのか、来てくれるまで判らない。けれど、私は彼の勇気に敬意を持って断ろうと思う。
そして、その勇気を私も見習わねば、と毎回思う。
真似は出来ないけどね、うん。




